ACT3-01;10月31日。


 ……『ベビー・クライシス』事件が始まってから、既に一ヶ月が経とうとしている。
 最初の頃群島を襲ったパニックは、日が進むにつれて沈静化していった。……群島
の住民達が、この状況に対応するようになっていったのである。
 職場には託児所ができ、安心して職務に専念できるようになった。
 そうでない職場でも、赤ん坊を背負って仕事をするのは当然の事として受け入れら
れるようになった。
 臨時の託児所が島内のあちこちに作られるようになり、それに合わせて東京本土や
近隣県からベビーシッターが大挙して押し寄せるという『ベビーシッター・ラッシュ』
も始まった。
 育児用品も、白葉透教授を始めとする洋上大学農業工学科や、企業イメージのアッ
プを図る総合企業DGSなどの努力により、次々と群島に入荷されていった。もはや、
紙おむつを探して群島内を右往左往するという事態は起こらないであろう。
「どうやらデマではないらしい」ということで日本の厚生省もようやく重い腰を上げ、
群島に視察団を送るという話が持ち上がり始めた。これが実現されれば、国の方で何
らかの対応策を取ることも期待できる。

 様々なレベルで、群島民は赤ん坊達に順応していった。そう、『ベビー・クライシ
ス』は、「クライシス」ではなくなりかけていたのだ……あの日までは。
 思えば、10月31日の出来事であった。





ACT3-02;縁島公営住宅


「きゃっ、きゃっ(^_^)」
「菜桜子、そっち行ったらあぶないよ!(^^;)」

 チョコチョコと走っている菜桜子を、中嶋千尋は慌てて追いかけた。
 ……エアーポケットのように出現した約30分のスケジュールの空白を、白葉教授
と千尋は、菜桜子と優の二人の赤ん坊との散歩にあてていた。
 つい先日一人歩きのできるようになった菜桜子のはしゃぎようといったらなかった。
自分の眼前に新しく広がった世界がよっぽど面白いのか、白葉邸を出た瞬間から走り
づめであったのだ。

「元気なものだ。金居さんの所の祐子くんの小さな頃を思いだすなぁ」

 すやすやと眠っている優を抱きながら、白葉教授は菜桜子と千尋の様子を見つめた。

「ほら、捕まえた!(^_^)」

 菜桜子を後ろから抱き上げる千尋、その様子を見て微笑する白葉、地面に下ろされ
て再び元気に走り回る菜桜子……平和な光景である。

 …………信じられない出来事は、その直後に起こった。


   ☆


 千尋は小さな悲鳴を上げた。彼女の目の前で、菜桜子が派手に転んだのだ。

「菜桜子、大丈夫!?(・_・;)」

 慌てて菜桜子のそばに駆け寄り、千尋は菜桜子を大事そうに抱え上げる。
 その時。

  ぼとっ。

 何か、物の落ちるような音が、千尋には聞き取れた。
 直後、彼女は目撃した……抱き上げた菜桜子の頭が、首の上からなくなっているの
を。

「………………あれ?」

 あまりにも非日常的な光景をとっさに理解できず、千尋はむしろ、間の抜けた声を
出した。
 続いて、菜桜子の首を探す。程なく見つけた。首は千尋の足元に、まるでカボチャ
か何かのようにゴロリと転がっていた。

「……」

 目の前の状況を理解した瞬間、千尋の意識はどこかに消滅してしまった。

「ち、千尋くん!!」

 後ろの方から菜桜子の首を茫然と見つめていた白葉教授だったが、膝から崩れ落ち
て失神する千尋を見てようやく正気に戻ったらしく、優を抱えたまま慌てて彼女に駆
け寄ろうとした。
 その時彼は、腕にかかる優の体重が突然軽くなったような気がした。見ると……な
んと、優の首まで地面に落ちている!

「優っ!?」

 頭から血の気の引く音を聞きながら叫ぶ白葉教授。しかし、その首をよく見ると……
教授の頭の中に、心当たりが浮かんだ。

「こっ、これはもしや……!」





ACT3-03;かもめ商店街前派出所


「きゃぁーっ、スリよー! 誰か捕まえてぇーっ!!」

 赤ん坊を寝かしつけていた土方厳三巡査長は、このご婦人の絹を切り裂くような悲
鳴を、すぐに聞きつけた。

「俺の前でスリをやらかすとは、なんて身の程知らずな奴!」

 土方は愛用の木刀を握りしめると、赤ん坊と共にスリを追いかけ始めた。
 ところが……走り始めた途端に、土方の抱いていた赤ん坊が泣き始めた。

「ほぎゃあ、ほぎゃあ……」
「おいおい、こんな時に泣くんじゃないよ(^^;)」

 スリを追いかけてかもめ商店街の中を走り抜けながら、土方は困る。まあ、抱いて
くれている人がいきなり凄い形相で走り始めたのだから、赤ん坊の泣きだす気持ちも
判らないではないが(^^;)。
 一方のスリは赤ん坊を抱えていないので、どんどん先に逃げようとする。

「ええい、しかたがねぇ! ちと痛いが、罪を犯した報いだと思って、我慢してくれ
い!」

 意を決した土方は左腕だけで赤ん坊を抱えると、空いた右手で木刀を持ち直し、ス
リめがけて思い切り投げつけた。
 うなりを上げて宙を舞った木刀は、見事スリの頭に命中。スリは短い悲鳴を上げる
と、その場にどうと倒れて気を失った。それも、自称「示現流」の奥義の一つなので
あろうか?(^^;)

「……赤ん坊がいるのに、手間かけさせやがって!」

 呟きながらスリに手錠を掛けた瞬間、商店街中から土方に向けて、拍手が沸き起こっ
た。

「いいぞー、おまわりさん!」

 周りの歓声に気をよくした土方は、軽く手を振りながら派出所に戻った。
 とりあえず、のびているスリを床に転がしておくと、土方は赤ん坊の頬に木刀を軽
く当て、誇らしげに微笑んだ。

「お前も男だったら、せめてこの俺ぐらいには、たくましい男に育ってくれよ(^_^)」

 その瞬間…………彼の目に、床にボトリと落ちる赤ん坊の首が映った。
 首はスリの頭に当たり、その拍子で気がついたスリは、目の前の生首を見て情けな
い悲鳴を上げる。
 茫然とその光景を見つめる土方は、こう呟く以外に何もできなかった。

「………………あ゛」





ACT3-04;レジャーランドSNS


「……だから、問題なのはこれまでの事じゃなくて、これからの事でしょ?」
「そうは言うけど真由子ちゃん、こんな大事件は何か大がかりな裏がないと起こるワ
ケないんだしさ、やっぱり原因を探るのは重要だよ」
「だけど迅くん、占いってそんな細かいところまで判るワケ?」
「そこはそれ、ラム店長、日本の神秘ってヤツですよ」
「松岡くん、嘘ついちゃだめよ(^^;)」

 上から順に、麻生真由子、三日月迅、シータ・ラム、バイトの松岡、バイトの理恵
の台詞である。
 SNSのティーラウンジでは、客の少なくなった時間を見計らって、井戸端会議を
繰り広げていた。
 突然、鳥の羽音が聞こえる。

「あぎゃあぎゃ!」  バサバサバサ
「ばぁ! ふぎゃあ、ふぎゃあ……」
「ああっ、いつの間にキューちゃんが来てたの!?(^^;)」

 ラムの背負っているガネーシャ(彼女の赤ん坊)に、三日月の飼っている九官鳥の
キュー助が飛びかかってきたのだ。
 赤ん坊は泣きだし、ラムは慌てる。

「ちょ、ちょっとキューちゃん、こんな所でバサバサやらないで!(^^;)」
「こらキュー助! 店内に入ってくるんじゃない!」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」  バサバサ

 ドタバタドタバダと騒ぐ店員達のところに、突然お盆が飛んでくる。お盆は盛大な
音を立てて三日月の頭に当たり、跳ね返ったついでにラムの頭にも当たった。

「いでっ!」
「いったぁーい……あ、渡辺さん!(・_・;)」
「てめーらいつまでもウダウダ油売ってねーで、とっとと仕事しやがれ!!」

 店長すらも頭を下げるSNSの職人肌コック渡辺が、出刃包丁を持って厨房から出
てきた。
 彼ににらまれてはひとたまりもない。店長、副店長を含めた店員一同は、蜘蛛の子
を散らすようにそれぞれの職場に戻っていった。


                   ☆


「……どうでもいいけど渡辺さん、どうしてまた、お子さんを二人も連れてるんです
か?(^^;)」
「うちのかかあが、今日はデパートに出かけるからガキを二人とも職場へ連れてけだ
とよ(__;)」

 腹と背中に赤ん坊をぶら下げながら調理を続ける渡辺の言葉に、ラムは苦笑した。
恐いものがないようにみえる渡辺の家庭は、意外にもかかあ殿下だったようだ。

「店長、ちょっと下に行って肉取ってくるから、代わりにこのずんどうの中身をかき
混ぜててくれ」
「はーい」

 ラムにずんどうを任せて、渡辺は二人の赤ん坊と共に厨房を出ていった。
 すると、彼と入れ換わるようにしてキュー助がやって来た。キュー助は再び、執拗
にガネーシャをつっつこうとした。

「だ、だからガネーシャにちょっかいを出さないでってばぁ!(^^;)」
「あぎゃ、あぎゃ」

 おたまを使って、ラムは躍起になってキュー助を追い払おうとする。
 そして、思いきり身体をねじっておたまを振り回したその瞬間。
 ラムは背後で、何かがずんどうの中に落ちる「ポチャン」という音を聞いた。

「ん?」

 振り返ったラムがずんどうの中に見たモノは……鳥ガラスープの中に浮かぶ、ガネー
シャの首であった。

「……あ゛」

 絶句してつっ立っているラムをよそ目に、キュー助はずんどうの中の生首をつつき
始めた。

「…………こら!! ガネーシャを食べるんじゃないっ!!」





ACT3-05;DGS


「アハトゥンク(気をつけ)!」

 DGS極東大管区総務本部長の神野麗子は、凛とした声で号令をかけた。
 それに呼応して、数十人の声が上がる。

「ばぶー!」
「…………(^^;)」

 麗子の目の前にいたのは……数十人もの赤ん坊であった。


                    ☆


 ……総合企業DGSは、『ベビー・クライシス』事件対応策として、託児所のレベ
ルを越えた、独自の育児施設を開設した。
「DGSユーゲント」というのが、その施設に入った乳児達の呼称である。DGSが
作ったこの育児施設の主要な目的は純粋な保育機関である。だが、「DGSの幹部を
英才教育で創り上げることができるか」を試みるという目的もあった。
 麗子がここにいるのは、彼女がここの「園長」だからでは決してない。開園にあたっ
て、極東マネージャー椎摩渚の代理として、挨拶の為に「ユーゲント」の前に立った
のである。

(それにしても……(^^;))

 と、麗子は思う。ユーゲントの「精鋭」達は、制服のベビードレスに身を包み、思
い思いのポーズで彼女の前に座っている。「気を付け」の号令をかけてはみたものの、
意味を理解できる者は当然いないとして、一人で立つことすらできない者が約半数。
 麗子は呟いた。

「……赤ん坊相手に英才教育も何もないような気がする(__;)」

 お言葉、ごもっとも(^^;)。
 それでも仕事は仕事である。麗子は気を取り直して、保母達の見守る中、赤ん坊達
に演説を始めた。

「諸君は、明日のDGSを背負って立つ、前途有望な若者……じゃなくて、赤ん坊で
ある!」
「だぁっ!」
「……(^^;) えー、であるからして、諸君もDGSの一員となったからには、それ
なりの自覚を持って、日々行動してもらいたい!」
「マンマ、マンマ」
「ふぎゃあ、ふぎゃあ」
「あばばばば……」

 どうやら麗子の苦労など、赤ん坊にとっては知ったことではなさそうだ(^^;)。さす
がに堪忍袋の緒が切れた麗子は、早々に話を切り上げた。

「……それでは、諸君の成長と忠誠を期待する! ジーク・ハイル!!」

 ユーゲントの赤ん坊達の首が次々と胴体から離れていったのは、この瞬間である。
 まさに一瞬の出来事であった。赤ん坊の首は、タイミングを合わせるかのようにし
て、ほぼ同時に全員分が落ちたのだ。

「あっ!」

 あまりにも不意を突かれたため、思わず落ちた赤ん坊の首を拾い上げてしまう、神
野麗子であった(^^;)。


                    ☆


 ……このような調子で、赤ん坊の首が落ちるという現象が、群島のあちこちで発生
した。
 この「第2のパニック」は、一瞬のうちに群島を席巻したのである。





ACT3-06;東京洋上大学付属高校


「……以上が、大化の改新の推移だ。ここは期末試験に出すから、よく復習しておけ
よ」

 教鞭を振るう仁科雄二の背中には赤ん坊が。
 そして、授業を受ける生徒達の背中にも赤ん坊が。
 ……既に、珍しくもなんともない光景である。
 終業のベルも、赤ん坊を起こさないよう、静かなものに換えられている。

「では、今日の授業はここまで」

 仁科の言葉と共に、日直の号令一下、生徒達が起立した。
 みんなの呼吸を見計らって、日直が声を張りあげる。

「……礼!」

 生徒が一斉に頭を下げる。
 その途端……全員の赤ん坊の首が「ボトボトボトッ!」と、彼らの目の前に落ちた
のである。

「あ゛っ!?」

 教室にどよめきと悲鳴が充満する。その時、仁科は大慌てでで生徒を制した。

「騒ぐなっ、赤ちゃんが目を覚ますぞ!」

 ……やはり彼も、気が動転したのであろうか?(^^;)





ACT3-07;軍事学部


「あ゛ーーーーーーっ、カナンの首がぁぁぁぁっ!?」

 軍事学部助教授ハインリヒ・フォン・マイヤーの赤ん坊カリナの首が、胴体からポ
ロリと離れてしまった瞬間の、きょんこと篠田清志の叫びである。
 同じく肝をつぶした巽 守は、何を思ったかカリナの首を拾い直し、胴体の上に頻
りに乗せようとした。

「く、くっつかないよきょんくぅん(;_;)」

 当然である(^^;)。

「…………どっちにしても、これが助教授に知れたら、ハイポート走や催涙弾の標的
ではすまないわよ!(・_・;)」

 青ざめる築地綾子の横で、きょんは無い頭をふりしぼって何やら考え込んでいたが、
しばらく後に『グッドアイデア』が浮かんだ。

「守! 接着剤買ってこい!」
「せ、せっちゃくざい……?」
「接着剤で首をくっつけるんだよ!」

 あまりにも無茶なことを言うきょんだが、守は「木工用ボンドでいいね!?」と確
認すると、そのまま文具店へ消えていった。

「……君ねぇ、そんな子供だましの事やったって、助教授にばれちゃうわよ(__;)」

 苦言を呈する綾子。すると今度は彼女の眼前で、きょんの抱いていたウルトラビッ
グワンXの首が落ちるのであった。

「…………あ゛ーーーーーーーーっ!!」





ACT3-08;スーパー丸安


 ふらふらふら。
 そう聞こえてきそうな、高梨稟の足取りであった(^^;)。
 先日、榊原紀美枝の子育て体験談を聞いたというのに、稟の子育ての「密度」はほ
とんど減らなかった。育児書を全部実行した上で、紀美枝の言葉までそのまま実行し
ようとしているのだ。そのため、彼女の顔色はさらに悪くなっている。
 美里(稟の赤ん坊)を右手に、買物袋を左手に、スーパー丸安から出てきた稟であっ
たが、腕の重さに耐えかねたのか、不意にめまいに襲われてしまった。

「ああっ……(*_*;)」 フラフラフラフラ……

 地面に崩れると思いきや、稟は丸太のように引き締まった腕で抱き止められた。
 失神しそうになるところをなんとか耐えて、稟は腕の主を確認しようと見上げる。

「……ま、まいやーさん…………」


                   ☆


「落ち着いたか?」
「え、ええ」

 稟とハインリヒ・フォン・マイヤーは、すぐ傍の喫茶店に入った。
 マイヤーが丸安のそばにいたのは、彼の赤ん坊カリナの様子を見るため、「あの三
人」(きょん&綾子&守)を捜していたからだ。まさかカリナの首がその頃落ちてい
ようとは、マイヤーと言えども想像すらできないであろう(^^;)。
 そして、失神寸前の稟を抱きかかえた彼は、彼女を休ませるために喫茶店に入った
のだ。
 ただ一つ、非常に気にかかるのは、稟を抱き止めた瞬間に耳に届いたカメラのシャッ
ター音である。

(ひょっとして、チャン辺りに撮られたかも知れんな……(__;))

 もしそうだとしたら、マイヤーと稟の写真がどのように使われるか、想像もつかな
い。……いや、大体の想像はつく(^^;)。
 まあ、その事は後日処理するしかなかろうと、マイヤーは思い直した。とりあえず、
目の前の女性の健康状態の方が気掛かりである。

「ちゃんと食事は取っているのか?」

 尋ねてみるが、稟の返事はない。もう一度問い直してようやく稟は気付いたらしく、
作り笑いを浮かべた。
 それまでのタイムラグの間、彼女が何を思っていたかというと……。

(ああ、あんな所でめまいを起こすなんて……。きっとマイヤーさんに、ワザと弱々
しさを演出したように思われているわ。らしくないことをするから、こんなことにな
るのよ、稟!)

 ……何故自分をここまで追いつめるのか、一度尋ねてみたいものである(^^;)。

「とにかく、母親が先に倒れてしまっては、子供は迷惑するばかりだと思うが」

 マイヤーの方もカリナを「あの三人」に押しつけておいて、よく言えたものだ(^^;)。
 不意に、美里が小さくくしゃみをした。続いて鼻をぐずつかせる。

「鼻をかませるか?」

 マイヤーが紙ナプキンを取りだして、彼らしからぬ気配りを見せるが、稟はこれを
制した。

「いえ、こういう場合は、紙ナプキンでは鼻水は取れないんですってよ」

 早速稟は、先日聞いた話を実行しようと試みる。……口で鼻水をすすり取ろうとい
うのだ。

「……そんなことをしても、平気なのか?」

 自分の知らなかった「育児戦の戦術」を見せられ、マイヤーは少し戸惑う。一方の
稟も、初めての試みを前に緊張する。

「え、ええ。大丈夫……だそうですよ」

 一回深呼吸をした後、意を決した稟は勇気をもって、赤ん坊の鼻水をすすった。
 ……稟の唇にすすられたのは鼻水だけではなかった。美里の首まで稟の口に吸い寄
せられ、胴体からずり落ちて床に転がった。

「あ゛……」
「…………」

 稟は一声発したきり絶句してしまい、マイヤーに至っては一言も発せられなかった。
 長い長い沈黙の後、マイヤーは何やら口を開きかけた。しかし稟はその前に、赤ん
坊の首を拾いながら愛想笑いを浮かべてマイヤーに語った。

「ご、ごめんなさいちょっと気が動転しちゃって(^^;) そそそんなに珍しいことじゃ
ないのに、私ってこういうことに慣れてないものですから……」
「……充分珍しいことだと思うが(・_・;)」

 さすがに何の対応策も取れないマイヤーの前で、稟は美里の首を、一生懸命くっつ
けようとしていた。その様はまるで、マイヤーの生徒の巽 守のようであった(^^;)。





ACT3-09;万事この調子で、


 首が落ちた。
 赤ん坊の首が落ちた。
 群島のいたる所で、一斉に落ちた。
 その直後、群島中で、同じ言葉が発せられた。
























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 ……その頃、白葉透教授は、帆島にある東京洋上大学基礎工学部生物工学研究所、
通称・金居研の戸を激しく叩いていた。





ACT3-10;赤ん坊の正体


「かっ、金居さんはどこかね!?」

 帆島・東京洋上大学基礎工学部生物工学研究所(通称:金居研)に白葉教授が怒鳴
りこんだ時、その場に居合わせた学生達は明らかに動揺した。彼らの顔には、いきな
り白葉教授が来たという単純な驚き以外の表情が浮かんでいた。

「さ、さあ? どこなんでしょうねぇ、ははは……(^^;)」

 答え方も明らかに不自然である。
 しかし今の白葉教授には、彼らに情けを掛けられるだけの余裕など、まったくなかっ
た。

「隠すとタメにならんぞ! 私が本気になる前に、正直に答えたまえ! さあ、金居
さんはどこにいるのかね!? ……ああっ、キミ、今私から目をそらしただろう!?
やはり、金居さんがどこにいるのか知っているのだね!?」」

 普段の白葉教授からはとても信じられないような迫力に、金居研の学生達は完全に
圧倒されていた。しかし教授は追及の手を緩めない。なんと、学生の一人の胸倉をつ
かんで、叫んだのだ。

「言わないと、農業工学科をあげて、君達を糾弾するぞ! 私は、やると言ったら本
当にやる男だよ! さあ、私達と喧嘩したくなかったら、早く答えたまえ!!」
「はっはい、言います! 正直に言いますぅ!!」

 追い詰められた学生が、遂に音をあげて白状した。

「か、金居教授は……農工科の植物遺伝子研究室です!」


                   ☆


 優の首が落ちた時、ようやく白葉教授は気付いた。
 落ちた首も、腕の中に残った胴体も、もはや優のそれでは、いや、人間のそれでは
なかったのだ。

『こっ、これはもしや……動物の頭ではない!?』

 むしろ、今まで赤ん坊だったと思っていた「それ」は、どう見ても野菜か果物であっ
た。
 そしてそれは……気絶している千尋の目の前に転がっている、「菜桜子」と今まで
呼んでいたはずの「それ」に関しても同じだった。
 こんなものを大量に扱える人間といったら……白葉自身を除くと、群島では金居裕
三教授しかいない!
 白葉はそう確信しながら、一路植物遺伝子研究室へ向かった。


                   ☆


「金居さんっ!」

 ものすごい勢いで植物遺伝子研究室を訪れた白葉教授を待っていたのは……人工の
畑の中で、たくさんの蔓や葉に混じってスイカのように転がっている、赤ん坊の群れ
であった。そして、赤ん坊達が転がっているその場所は……

「これは、私達の造った、野菜工場システム…………(・_・;)」

 不意に白葉教授は、背後から声を掛けられた。先程からずっと捜していた男の声で
ある。

「おう、白葉! とうとうここをつきとめたか!」
「……金居さん、これは一体!」
「見ての通り、お前んとこで造った野菜工場だが? ここの室長に借りたんだよ」

 不敵な表情を浮かべて現れた金居裕三教授は、事もなげに言う。
 もちろん白葉はそんなことを尋ねたのではない。珍しく声をあらげ、重ねて質問す
る。

「そういう事を言ってるんじゃなくて! このたくさんの赤ん坊は一体……」
「お前も結構物わかりが悪いなぁ。見りゃあ判るだろう、この野菜工場で作ったに決
まっとろうが」
「……なんですって?(・_・;)」

 確かに……裸の赤ん坊のへその緒に見えるものは、先が蔓のように地面に埋まって
いる。
 金居教授はニヤリと笑って、「赤ん坊」の説明を始めた。

「いや、ペルーに行く前に中国奥地で見つけてきた果物がなかなか面白くてな。なん
でも『人参果』(ニンジンカ)というらしいぞ」


                   ☆


 人参果。
 ウリ科の植物である。
 果実が赤ん坊のような形をしていることから、この名がついた。
 果肉にはさっぱりとした甘味があり、生で食べても煮て食べてもおいしいと思われ
る。
 問題は……鳥害である。完全に熟す前に、鳥達によって食べられてしまうのだ。
 そこでこの人参果には、種子が完成するまでの自衛策を身につけた。……幻覚作用
を持つ、アルカロイド系の麻薬物質である。
 金居教授の説明によると、人参果を一目見た者は、その乳児のような形状と幻覚作
用によって、それが本物の赤ん坊であるという錯覚を起こしてしまう。普通の人間な
ら、赤ん坊は何らかの手段を講じて保護するだろう。そうなれば、人参果は人間によっ
て、完全に熟すまで鳥から守られることになる。


                   ☆


「……でな、赤ん坊の形になってから1ヶ月ほどで熟して、麻薬物質もほとんど分解
してなくなるんだがな、その時に人参果の首がポロッと落ちるんだな、うん。そうなっ
たあたりが一番食べ頃なんだよ!」
「ポロッとって、あなた…………」

 平然と語る金居教授の言葉に脱力し、白葉教授はその場に思わずへたりこむ。
 目の前では、生物工学研の学生達が、首の落ちた人参果の収穫を行なっていた。

「教授、採れた人参果はどうしましょう?」
「おう! 帆島に運んでくれい!」
「……さては金居さん」

 畑の底から沸き上がるような声で、白葉は呟く。

「あなた、群島中にこの人参果とやらをばらまきましたね?」
「他の誰に、そんなことができる?」

 金居の言葉に、罪悪感の成分は含まれていない。

「いや、ペルーでできた赤ん坊を押しつけられちまってなぁ。育児なんて面倒くさい
だろ? それを俺一人でやるのも馬鹿馬鹿しいなーと思ってたところへ、人参果の事
を思い出してな、どーせだから、他の連中にも同じ苦労を味わわせてやろうと思った
わけよ! だから、学生連中を使ってこの人参果を配ったんだな! がははははは!」

 …………ひどい理由である(^^;)。
 一ヶ月もの間、秘書課の学生を3人病院送りにしてまで対策に奔走したのが、全部
徒労だったとは……!
 へたり込んでいた白葉は、肩をワナワナと震わせて叫んだ。

「ア、ア、アンタってヒトはぁっ!(ー_ーメ) ウチの千尋くんは、ショックで寝込んで
しまったんですぞ! 東京の行政だって赤ん坊の救済策を作るために動いてるんだ。
それをあなた、『あれは全部果物です』と言ったところで通用すると思っているので
すか!? この後始末をあなたは、どうなさるつもりなん……!」

 その時、彼の言葉を遮るようにして、新たな訪問客の声が届いた。

「うはははははははははははは! 金居、あの人参果はうまかったぞ!」
「おぢさま連れてきたよー。……あれぇ? 白葉教授だー☆」

 MILの三宅準一郎教授と、金居教授の娘、祐子である。
 さらに、祐子の腕の中には、白葉に笑いかける物体が一つ。これも人参果……?

「おお祐子、赤ん坊を連れてきたのか!」
「当たり前でしょ。人参果と間違えられて、誰かに食べられちゃったらかなわないわ
(^^;)」

 どうやら、本物の赤ん坊……つまり、家内教授がペルーでこさえてきた子供のよう
だ。
 この会話から、三宅と祐子も人参果の事を知っていたことが判る。ということは、
三宅教授は真実を知っていながら『ゆりかごくん』を作ったのだろうか?(^^;)

「丁度いい。白葉もここにいることだし、俺の子供の名前は、白葉に命名してもらう
ことにしよう!」
「あ、それはいいアイデアね☆ 教授、かっこいい名前つけてあげてね☆」
「お前がつけぬのなら、ワシの腹案には『金居壱號』というのがあるぞ!」
「………………(__;)」

 金居、祐子、三宅の言葉と、金居の子供の罪のない笑顔に、さしもの白葉教授もう
なだれるしかなかった。そんな彼に金居は、完熟人参果を差しだして、ニヤリと笑っ
た。

「どーした白葉、腹でも減ったか? それならこれを食え、うまいぞ!」