「群島は今、騒動の渦中にあるわ」
そう言って、雅命星子は堅く握った拳を振り上げた。
ここ−−航空研の一角に“航空警邏隊”はある。
本来、警察の任務を支援する組織であった航空警邏隊は、しかし警察力の極度に貧弱な人工群島においてすでに自警団としての役割を担っていた。
もちろん強制捜査権や逮捕権は持っていないのだが、何かにつけて腰の重い警察に比べ、溢れる正義感と持ち前の機動力で活躍を続ける彼らの行動は、すでに“警察代行業”と言っても差し支えないものに変わりつつある。
もちろん、警察はその事態を好ましく思ってはいない。
うち続く越権行為に業を煮やしているといっても過言ではないのだ。しかし、今ここで航空警邏隊にヘソを曲げられれば、群島の秩序は一気に崩壊する危険もある。彼らの存在が幾多の事件を解決へと導いているのもまた否定しようのない事実なのだ。
だから、見て見ぬ振りをしている。
見て見ぬ振りをしながら、彼らが大きなポカをやって活動停止を申し渡すための口実を作ってくれるのを、虎視眈々と待っているのである。
「……もしかして、ラブシックのことですか?」
できれば避けて通りたい道だった。
星子に注がれる視線のひとつひとつに、その思いが込められていた。星子の下で警察代行業務をこなしているのは、主に航空研に籍を置く整備員たちである。
整備員たちも、群島内の噂には決して疎くはない。
群島中の探偵がラブシックの謎解き中毒になっているという話だって、もちろん掴んでいる。
そしてその探偵たちの多くが、満足な手がかりを掴めず「禁断症状」に喘いでいるという噂も……掴んでいるのだ。
「あれに手を出すと、ロクなことになんねーって噂ですよ」
「そうそう、現にここ二週間くらいで探偵事務所がばたばた店じまいしてるって言うし……」
「だからこそじゃない!」
星子だって、整備員たちが掴んでいる噂くらい耳にしていた。
ラブシックが謎の麻薬であり、清純な女子高校生を次々にむしばんでいる。そしてその裏にはCIAの陰謀説から中国三千年の秘薬説、果ては宇宙人飛来説までさまざまなデマが飛び交っているのである。
サクマドロップスに混入されていた異物が実はまぐまぐシェイク(チョコミント味)でありラブシックと深い関係があるらしい、さらにCIAのラブシックに対抗するため、軍事学部は「大トロ」(暗号名と思われる。脱毛効果があるという説もあるが詳細は不明)なる作戦を企画しているらしい……と訳のわからない噂は数限りない。
「だからこそ、この混乱した状況を打開するために、あたしたちが立ち上がらなきゃいけないんだわっ!」
星子は目をらんらんと輝かせてそう叫んだ。
「一昨日、洋上高校で教師が刺される事件があったのは知ってる? どうやら加害者の女生徒はラブシックの中毒だったらしいの。−−つまり、あたしの推理ではね、彼女はその教師のことが好きで……ラブシックの副作用で犯行に及んだんじゃないかと思うのよ」
その口調は自信に満ちたものだった。
「副作用……ですか?」
「そう(^_^)。CIAの陰謀説まで出てるのよ。その噂の真偽は眉唾だけど、危険なものって可能性は無視できないでしょ? きっとラブシックは好きな人を殺したくなるような効果を持った麻薬なのよ」
大胆な推理である。
そして星子は、航空警邏隊の頂点に立つその溢れんばかりの正義感の裏で、ラブシックを無視できない好奇心をも抱いていた。
「その効果を確かめるためにも、あたし、ちょっと試してみたいのよ」
その星子の一言で、整備員たちはすべてを納得したような表情になった。
「……で、俺たちにラブシックを手に入れてこいってんですか?(^^;)」
「そ☆」
「それってちょっとヤバイんじゃないですか。CIAの陰謀だか、チャイニーズマフィアの群島進出だか知らないけど、ラブシックって要するに麻薬なんでしょ? そんなもん持ってんのバレたら、俺たち全員お縄頂戴ってことにもなりかねませんよ」
「もちろん手に入れたら証拠品として警察に渡すのよ。一粒や二粒減ってたってバレなきゃ大丈夫よ」
なにがどう大丈夫なのかは、とりあえず星子は考えていないらしい……(^^;)。
「なあ、どうする?」
「どうって……やるしかねーだろ」
こうして航空研の整備員たちは、探偵たちの群れにまぎれてラブシックを探すこととなったのである。
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