00008 92-08-17 05:07:14 GL-S0001
Act1-8;恋のドツキ漫才

 

 稟の話がようやく終わったときには……話を始めたときには熱すぎたお茶が、すっかりぬるくなっていた。
「そうですね……とりあえず俺が出向いたんじゃ目立ちすぎると思うから……。社長と連絡をとった上で、二、三日中に派遣する人員を調達して連絡します」
「よろしくお願いしますわ。店にいなければオフィスか……自宅の方へ電話して下さい。これが、番号です」
 そう言って稟は『日本まぐまぐバーガー株式会社・ストアマネージャー』と肩書きの入った名刺に自宅の電話番号を書き添えて差し出した。
「分かりました。それじゃあ……」
 そう言って話を終えようとしたとき、玄関のインターホンが鳴った。
「あ、ちょっと待って下さい」
 アーマスは痺れた足でよろよろと玄関の方へ歩いて行った。訪ねてきたのは、アーマスの同棲相手の(本人たちは「同居だ」と言い張っているのだが……(^^;))大西諒だった。
「お弁当持ってきたの。−−あ、お客さん?」
「ん、ああ。仕事の依頼人」
「じゃあ、私これで帰るわ。お弁当食べてね。一生懸命作ったのよ」
 諒は弁当の包みをアーマスに差し出して、照れたように笑いを浮かべた。
「ありがと。……ここまで来たついでだから、ちょっと頼まれてくれないかな」
「頼まれるって……?」
「……俺、これからちょっと出かけなきゃ行けないんだけど……交代のオフィコンがまだ来てないんだ。電話受けて、メモ作っておくだけでいいから、しばらく留守番しててくれないかな」
「いいけど……私で用件分かるかしら?」
「分からない事があったら社長は旅行中ですって言えばいいよ。あとで俺が社長に連絡を取ってかけ直すから」
「うん、分かった」
「バイト代社長に出すように頼んでおくから。……うーん、そうだな、弁当食べてから出かけよう」
「お客さん、いいの?」
「ん? ああ、あの人はもう用件済んで帰るところだったんだ」
 諒とアーマスが玄関先で話し込んでいるところに、稟が顔を出した。
「あのー、私もう帰りますので」
「あ、すみません。……えーと、じゃあ二、三日中に電話入れますから」
「ええ、お願いします。……奥さんですか?」
 その稟の言葉に、アーマスと諒は同時に、耳まで赤くなった。
「いえ……、同居人です」
 すかさずそう諒のフォローが入る。だが、赤面してそんな事を言っても、説得力なんてあるわけはないのである。
「いいですね(^_^)、仲がよろしくて」
 ちょっとうらやましそうにそう呟いたのを挨拶代わりに、稟は玄関から出て行った。
(やっぱり……諒とあんまり変わらない年齢に見える(^^;))
 玄関で二人を見比べて、アーマスはそんな感想を抱いていた。


「香南ちゃん、最近見かけた?」
 弁当のオカズのタコさんウィンナーをつまんでいるアーマスに、諒がそう声をかけた。アーマスと諒が住んでいる部屋は公営住宅の2DKで、香南の三畳間とは隣同志だった。諒が同居を始める前にしばらく香南が居候していた事もあって、諒は香南の事を妹のように可愛がっている。
 今日も、作った弁当を香南にも食べさせようと隣を訪ねたのだが、珍しく鍵が閉まっていて、呼んでも返事がなかった。
「さあ……。香南は腰の落ちつかない奴だから……またどっかで野宿でもしてるんじゃないのかなあ」
 アーマスの方は、香南の浮浪児時代を知っているせいもあって、三日やそこら見かけないくらいでは別に驚きもしない。
「それならいいんだけど……。三日くらい前かなあ? 見かけたときに、なんだかちょっと元気がなかったから」
「香南が元気ないなんて、想像もつかないな」
 そう言って、アーマスはくすっと笑いをもらした。とにかく香南は、元気以外に取り柄のなさそうな性格をしているのだ。


 弁当を食べ終わるとアーマスは慌ただしく出かけてしまい、誰もいないゼロワンSTAFFのオフィスに、諒はひとりで取り残された。
 ……退屈だった。
 来客もなければ、電話もかかってこない。
 しかたなく、部屋の片隅に積み上げられていた少女マンガ(真奈美の私物である)を読んで時間を潰していた。
 一時間経っても、アーマスの言っていた交代のオフィコンは姿を現さなかった。
 マンガを一通り読み終えてしまうと、あとは退屈なだけだった。テレビをつけっぱなしにしてソファに転がっているうちに、諒はうつらうつらしはじめていた。
 そんな諒を起こしたのは、ヴィジホンの呼び出し音だった。
「はぁい、ゼロワンSTAFFです」
 半分寝ぼけながらも、諒はなんとかそう応答した。モニターには、二十代半ばと思われる男の顔が映し出されている。
「……誰だ、お前」
「ゼロワンSTAFFですけど……どちらさまですか?」
「俺は中川だ」
「どちらの中川様でしょう?」
 次第に意識がはっきりとしてきて、諒の応対もよそゆきの声になっている。だが、中川だ、と言ったその男が、ゼロワンSTAFFの社長だなどとは、全然気付いていなかった。
 彼の話はよくアーマスから聞いていたのだが、アーマスはいつも「社長」と中川を呼んでいるので、諒はゼロワンSTAFFの社長が中川という名前である事は知らないのだ。
「ゼロワンSTAFFの社長の中川だっ、お前、誰だ。そこで何をしてる」
 思わず、中川の声が怒号に変わる。
「まあまあ、克ちゃん、落ちついて。落ちついてってば。泥棒さんなら電話に出たりしないでしょ」
 背後で真奈美が中川を宥めているのがモニターに映し出された。
 それを見てようやく……諒は状況を理解した。
「あ、あの……私大西諒と言います。アーマスにお弁当を届けに来て、留守番を頼まれて……」
「大西? ああ、アーマスの女か」
 すげなくそう言って……だがとりあえず中川の表情は戻った。
「オフィコンの幸子さんって人が交代できてくれる事になってたんですけど……まだお見えにならないので、私が代わりに……アーマスは今、高沢興業に出向いています」
「結構、可愛いね」
「はい?」
 諒がそう聞き返すのと同時に、モニターに映る真奈美の表情がぷっと膨れっ面になった。
「克ちゃん……」
「痛ぇな、つねるなよ」
 モニターのこちら側で困惑している諒のことなど、もうすっかり忘れ去ったと言う感じで、電話口の中川と真奈美の痴話喧嘩が始まっていた。
「克ちゃんてば、もう奈美の事愛してないのね」
 と、冗談混じりに真奈美が言えば、
「そんなことないだろー、俺が愛してるのはお前だけだよ」
 ……と、中川が突っ込む。
 高い国際電話の料金を払っているのをもろともせずに、中川と真奈美はどつき漫才に突入している。
 もちろん、諒が口を挟む隙などあるわけはない。
 諒は電話口で唖然としたまま二人の会話を聞いていた。

 

 事件はすでに始まっている。
 しかし、主役となるべき正義のスーパーヒロインは……まだ新婚旅行の真っ最中だった。(^^;)

以下、次章−−