act.5-18;宗教のこと


 2019-04-12 12:11:03

 このトロピカル・ジャングルに慣れた火渡貴子の歩みは、境伸也のそれをはるかに凌駕していた。たちまちのうちに鬱蒼とした森の奥へ消えてしまった貴子に追いつくことは、手負いの境には不可能だった。
 手当された脇腹を押えながらへたりこんだ境の背後のパパイヤの木陰から、聞きえおぼえのある忍び笑いが聞こえた。

「……くすっ」

「ESSEさん!? なぜ出てきたんです」

「だって、一人でいるのは退屈なんだもの☆」

「退屈って……ここは危険ですよ。獰猛な動物だっているんだから」

「獰猛な動物っていうと、あの鼻で歩く尻尾の長いヤツ?」

「そうそう。その手に持ってる……ああっ! どうしたんですか、それ!?」

 ESSEが仕留めた大きめのウサギのように見えるそれは、境たちを悩ませた四つ鼻の動物だった。動物の茶色い身体とよく熟れたパパイヤの黄色い実が、エッセンシャル・コンディショナーの黒いジャンパーに妙にマッチしてる。

「貴方の後ろの樹の上にいたの。危なかったのよ、密林の専門家さん」

「やめてください、その呼び方。所詮、古代人の真似ごとをしているに過ぎない僕にふさわしい肩書じゃありません」

 境は決まり悪そうな顔をした。
 貴子の真意を聞き遂げることが目的であり、それは確かに果たされた。だが、半ば連れ戻す目的でいた貴子を説き伏せるどころか、何一つ言い返せなかったのである。
 純粋であるが故に、理想を求める貴子の姿勢は正しかった。磐田研の存続や、後輩たちの指導といった職分へのこだわりを捨てられないが故に、貴子の行き着こうとしている境界線の向こう側へ、境自身は行けないだろうことが悔しくもあった。

「さっきの娘……あの子が火渡貴子って子?」

「聞いてたんですか? 僕と彼女の……その」

「ええ。声をかけるタイミングを外しちゃってね」

 ESSEは境の腰からダガーを引き抜いた。

「お昼、まだでしょう?」

 言われて不意に空腹を思いだした。
 そういえば、飛鳥たちとはぐれてずいぶんたつ。食糧はすべて金井大鵬のザックの中だ。
 境は貴子の言葉を思いだし、茶色の動物を見て言った。

「それ、あまり旨くないそうですよ」

「食べないわよぉ、こんなの(^^;)」

 ESSEは苦笑し、境のダガーを器用に使ってパパイヤを切り分けた。
 メロンのように黄色く熟した実を口に含むと、サツマイモに似た甘味が舌の上に広がる。
 境は無言でそれにしゃぶりついた。
 森は幾重にも重なる様々な色調の緑に覆われていた。見上げると日差しに透けて黄金色に煌めく木々の青葉のグラデーションが揺れている。

「ここは不思議な所ね。果物があって、緑が繁っていて……この島の外には汚くて厳しい都市があるのに、ここには穢れない緑とやすらぎがある。まるで現実離れした天国みたいだわ」

「……僕もそう思います。まるで、火渡くんたちの目指していることのために、特別に用意された『約束の地』みたいですよね」

「そうね……。誰かに約束された土地だとするのなら、それは穢れなくそして純粋な者のためにしつらえられた聖なる土地ということかしら」

「聖地……ですか?」

 ここが聖地なのかどうか、ESSEには計り知れなかった。侵すべからざる聖なる土地であるならば、真摯にして純粋な者……火渡貴子が惹かれ訪れたとしても何等不思議はない。
 ESSEは思った。ここが聖地ならば自分が来ていい場所ではない。聖地は汚されてはならず、穢れた者が足を踏み入れることは許されない場所である。
 ESSEはこれまでの自分の半生を省みた。
 確かに自分の半生は穢れている。
 性癖が多少ソドミィであることを恥とは思わないし、悔いたりするつもりもない。
 だが、宮内庁のエージェントとしての使命を果たしてきたESSEの両手は血に染まり、たとえ如何なる正当な理由を付けようとも、それをすることを許されていようとも、そしてそれが誰にも知られていなかったとしても、彼女が多くの人間を殺してきたという事実には何ら変わりはない。
 自分に聖地を踏みしめる資格などないことは承知の上であり、今更、聖地に踏み込むことさえ叶わないとも思ってきた。
 自分が穢れているのはよく分かっているから、自分が嫌いだった。
 自分が穢れているのがよく分かっているから、穢れのないものに憧れてきた。

 そして、ふと気付いた。自分は貴子の純粋さやひたむきさが羨ましかったのかもしれない。だからこそ、自分には到底なることができない「穢れのないもの」である貴子に惹かれていたのかもしれない。

「ジーザスのものかブッダのものかアッラーのものなのかは知らない。それとも、この島はシントイズム(神道)の聖地なのかしら。彼女たちの神はどの神なの?」

「そうですね……いや、そのどれでもないのでしょうね、火渡くんたちの神は……」

「心当たりはない? 私、その方面には疎くてね」

 ESSEはさりげなく訊ねた。
 恐らく天野いずみと行動をともにしているだろう火渡貴子が何を目指しているのか、今後の行動方針を定める上でも、そして個人的にも大いに興味がある。

「……彼女たちが縄文より前の時代を目指しているのだとするなら、たぶんそれは名前のない神でしょう。
 神道は恐らく史記に残る最古の『名前のある神々』を崇める宗教なのではないかと思います。しかし、それさえも恐らくは弥生時代以降の……神が名前を持つに至った時代のものです。
 ESSEさん、神に名前がついているのは何故だと思いますか?」

「神を讃えるため……かしら?」

「そうですね、神を讃え、神の名を唱えるためだと思います。僕もそう思いますよ。では、何故神の名を唱えて讃えなければならないのか?」

 ESSEは質問の意図を理解しかねて黙りこくった。
 これまで彼女が身を置いてきた教会では、神の名を唱えることが救いを約束すると教えてきた。神に全面的な信頼をよせられるほど、自分が善良ではなくなってしまったと諦めているESSEでさえ、神の名は『名を唱え讃えるために』あると理解してきた。
 何故讃えなければならないのかという理由など考えたこともなかった。

「本来なら宗教は僕の専門外ですから……これは聞き流して下さいよ。決して信仰心を否定するつもりじゃないんですから。
 まず、そもそも現在伝えられている体系的宗教というのは、そもそも『誰かに何かをさせるため』に存在する最古の……そして実に効果的な行政手法です。
 現存する多くの国家が抱える民族紛争の原因の多くが宗教にあることは……今更僕なんかが言うまでもありませんよね。宗教的指導者は強い発言力をもち、多くの信者をひとつの目的に邁進させることができます。
 そのためには信者の信仰心をひとつにまとめなければなりません。『祈る』という行為に『何に向かって』『どのように祈るか』を規定したものが宗教なのだと思っていただいていいと思います。この規定は、祈られる対象である神の名前を定めるところから始まります。
 しかし、実際には『神を意味する言葉』はあっても『神そのものの名前』を明確に発音させる宗教はあまりありません。ですが、神に暫定でもかまわないから名前を与え、それを唱えることによって、神を神以外のものと区別することができるようになります。
 神の名を唱えることによって、祈りによって初めて神は存在しうる……これが『宗教』の神に関する考え方だと思います。神の存在は、神の名を口にした人々が存在することによって初めてなりたつのです」

 境は堰を切ったように語り始めた。
 ESSEは、その観念論的なキーワードを漏らさず理解しようと試みた。

「つまり、宗教における神は『名前を唱えること』によって存在することができ、『名前を唱えさせること』によって宗教がなりたつのです。もちろん、この根底には名前を唱える……つまり祈る人々の信仰心がなければなりたちません。繰り返しになりますが、この信仰心に枠をはめ、一定の方向へ誘導するための手段として存在するのが『名前を持った神々を戴く宗教』だと思うのです。無論、宗教における奇蹟(イベント)も聖地(場所)も、すべては手段を完全に近づけるための有用なオプションであるということになります。
 もちろん、これらすべてのオプションにも神と同様に名前が付けられます。これによって、神とオプションを『言葉』によって分け、それを知ることができるようになるわけです。聖書にありましたね。『始めに言葉ありき』まさにそれです。言葉の存在が神を神たらしめてきた。それが宗教です。
 言葉は人が作りだしたものです。神が人の作りだしたものによって存在している……のだとしたら、神を作りだしたのは人間だということになります。ある意味では……それは真理なのかもしれませんね」  

 

 

 


act.5-19;信仰のこと
 2019-04-12 13:13:39

 境伸也の言葉をゆっくりと反芻したエッセンシャル・コンディショナーは、自分なりの疑問を投げ掛けた。

「では名前のない神ってなんなの? 今の貴方のご講義に従うなら、名前を唱えられることのない『名前のない神』は存在できないことになってしまうのではないかしら?」

 境はゆっくりと森の空気を吸い込んで続けた。

「本来言葉ができる以前から神の概念……というか、何かを畏れ崇めるといった考えはあったと思いますよ。僕は、人々が神を神として崇める理由の多くは、畏怖によるものではないかと思っています。古代日本人に限ったことではないと思うのですが……訳の分からないものへの恐怖と、まだ来ない災厄を鎮めるために、その訳の分からないものを奉り上げ崇める。これが原始的な信仰の始まりだと思うんです。
 人間が本能的に恐怖を感じ、避けるのは『闇』だといいます。なぜだと思います?」

 ESSEは境の問いに対する答えを探した。

「暗いから……?」

「そう、暗いから。暗くてそこに何があるかわからないから。もしかしたら美味しい果物が置いてあるのかもしれないし、獰猛な野獣が潜んでいるのかもしれない。そこにいるのが何なのか最初から分かっていれば、対処ができますよね。美味しい果物だと分かっているならおびえる必要はないし、獰猛な野獣ならば近づかなければいい。
 でも、闇であることしかわからなかったら……どちらの対応をしていいのか判断できない。そして、そのどちらでもないかもしれない。
 もっとも基本的な恐怖は『それが何であるか分からないこと』だと思うのです。
 だからこそ、この『何であるか分からない恐怖』に対して信仰が生まれます。信仰さえあれば言葉などなくても、祈り……いや鎮めを受ける対象は生まれます。『何であるか分からない恐怖』はこうして『名前のない神』に進化するのです。
 そして、何であるか分からない『それ』に名前を与えることによって、人間は恐怖を克服してきた……のでしょう」

 この場合の「名前のない神」の神とは、全知全能の神や創造神であるのかもしれないし、そうではないのかもしれない。また、人格神であるかどうかさえ疑わしい。名前のない『神』と崇められる『何か』とするのが適当であるかもしれない。

「大地に根ざした暮らしの中で、火渡くんたちが今の僕らには何であるか分からないものを崇める信仰を持つに至ったとするなら、それは従来の名前のある神ではありえないでしょう。彼らは過去の文化をトレースしているのではなく、再構築しているんだと思うんです。
 もっとも、僕の説が正しいかどうかは分かりません。あくまでも憶測に過ぎないのだけど……」

 境は自信なげに自身の説を話し終わった。
 これが役に立つかどうかは分からないが、一応の予備知識を仕入れたESSEは登りきった太陽が傾き始める時間であることに気付き境に促した。

「境さん。貴方これからどうするの?」

「どうって……」

「あの子の言うとおり、ここは危険よ。さっきみたいなことが、またないとも限らないしね」

 境を襲おうとしていた獣がこの島にあと何頭いるのか、それはESSEにはわからない。ただ、このまま境をこの島の森の中に残すのはあまりに危険である。

「これ、あの子が手当してくれたんでしょう?」

「ええ……」

「これはあくまでも応急処置にすぎないと思う。この島のこの気温では……ちゃんと治療しないと傷口が化膿するかもしれない」

 ESSEは何としてでも境を島の外の世界に帰したかった。彼に付き添って一度後方へ戻る無駄をすることになろうとも、このまま境を連れて歩くわけにはいかなかった。今の境はあまりにも足手まといすぎるからだ。
 そして、境を連れ歩くことによって、自分の正体……即ちESSEが天野いずみ暗殺の使命を帯びた刺客であることを境に知られたくなかった。

 境は貴子の純粋さを微かに羨んでいたが、ESSEから見れば境のひたむきささえも羨望の対象としては十分だった。貴子も、境も、妙にESSEの気を引いた。彼らはESSEには憧れることしか許されない穢れなき者たちである。そして、ESSEは彼らを穢すあらゆるものから、彼らを守らなければならない……と、そう感じた。誰の命令でもなく、そうするのがごく自然で重要なことだと、ESSEの中の何かが彼女にそうささやいているように思えた。
 ESSEは再度宣告した。

「境さん。いちばんしなければならないことを、いちばんすべきときにするのが正しいと思う。そして、今がそのときだと思う。潮時……というべきかしら。貴方はあの子の言うように、この島から出ていくべきだわ」

 貴子に言い残した言葉が、境の喉の奥につかえている。
 彼女の思いの内は確かに分かった。だが、天野いずみの影はまだ拭えない。貴子がこの島でしていることに天野が関わっている。
 それは正しい状態であるといえるのか?
 そして、なぜこの島でなければならなかったのか?

「……天野はなぜ21号を選んだ」

「……え?」

 境の口から漏れるとは思いもしなかった名前が、ESSEに激しい衝撃を与えた。
 しかし境はESSEの様子に気付く気配も見せないまま、モノローグを続けた。

「なぜ21号でなければならなかった。どうして火渡くんと天野なんだ……」

 境は喉にわだかまっていた問いを吐き出した。
 実験考古学派ではもっとも書斎派に近い天野と、もっとも古代人そのものに近い貴子。この二人を結ぶものはいったいなんなのだ。

「火渡くんは緻密な計算や戦略で動く子じゃない。もっと原始的な……直感に逆らわず、己の内なる声に導かれるままに事物を決めるタイプだ。彼女は、おそらく今回も直感に逆らうことなくこの島を訪れたのだろう。それはいい。
 だが、なぜここに天野がいる? 天野は少なくとも他人の直感を信じる男じゃないはずだ。確かな裏付けがなければ動かない。そしてなぜ火渡くんと行動をともにする?」

 境はふらふらと立ち上がると、ESSEがやってきたのと逆の方向へ向かって歩みを進めた。

「境さん!」

「天野だ。天野が鍵を握ってるんです。この島に何か……火渡くんのそれとは明らかに違う何か別の目的がある。天野の目的はそれなんじゃないでしょうか? 火渡くんはそれに関わっているんでしょうか」

 もちろん、その問いにESSEが答えられるはずもなかった。

「天野に……会いにいきます」

 あちこち動き回ってしまったせいかもしれない。手当された脇腹の傷口が火照るように熱い。
 境の視界が奇妙に歪んだ。

「あっ……」

 倒れ込む境が最後に見たものは、銀色に輝くESSEのプラチナ・シルバーの髪だった。  

 

 

 


act.5-20;柱
 2019-04-12 15:44:08

「ここだ。これだよ」

 そそり立つ6本の柱は、初めて見つけたときと変わらぬままに密林の中にひっそりと立っていた。樹皮を剥いで施した縄目の文様も見つけたときのままだ。
 柱の直径はおよそ15センチほど。高さは3〜4メートルほどといったところだろうか。地にうがたれた穴を礎として、それぞれ垂直に6本の柱が建てられている。それぞれ6本の柱は等距離を保ち、粗い円形……というよりはむしろ六角形を描いている。
 柱が並んでいるあたりは周囲の密林に自生する草木はなく、少し開けた広場のように見える。

 ハンディカムを向けて柱の文様をつぶさに記録した飛鳥龍児は、ファインダーから目を離し根戸宏に訊ねた。

「根戸さん、これはその原住民が?」

「たぶんね。彼らはこの21号埋立地を『おんごろ』と呼んでるそうだ。そして、ここで縄文人の暮らしと文化と精神について研究しているらしい」

「境さんがいないのが悔やまれますなぁ。原始人のなんたら……といえば、それこそ境さんのご専門でしょうに」

 金井大鵬は背負っていた荷物を下ろし、汗を拭って呟く。
 飛鳥は『密林の専門家』として白葉教授に奬められてきた境伸也が、こんなことに必要とされることになろうとは思いもしなかった。

「根戸さん、次はどうします?」

「この柱を建てた連中を取材したい。僕を『マレビト』とか呼んで軟禁してた連中だ」

「軟禁ではありませんよ」

 いつ現われたのか、柱の影から見覚えのある細面の男が根戸に答えた。火渡貴子と同じように植物の繊維で織った装束を身にまとい、木ノ実や動物の骨で作った首飾りなどを着けている。

「朝から姿が見えなかったので心配しました。また森の中であの獣に襲われているのではないかと思いましたよ」

 男は唇の端に笑みを浮かべて根戸の無事を喜んでみせた。

「小さな小屋に人を何日も閉じこめておいて、軟禁でないはずがないだろう」

「あれには意味があったのです。マレビトであるあなたを我々のムラへ迎えるための清めの儀……とでも申しましょうか」

 飛鳥はまだ何か言いたそうにしている根戸を抑えて男に聞いた。

「あなたは?」

「人に名前を訊ねるときは、まず自分から名乗るのが礼儀ではありませんか? 多くの不幸なファースト・コンタクトでは、どちらかの奢りからそれがなされなかったために、不毛な対立を連綿と続けている」

「申し訳ない。俺は飛鳥龍児……根戸の後輩にあたります」

 たかだか密林に住む原始人……とたかをくくりかけていた飛鳥は、相手が相応の思慮を持つ人間であると気付いて男の言葉に従い非礼を詫びた。
 男は唇に微笑みをたたえたまま、歓迎の意を表わして言った。

「そうですか、根戸さんの御友人でしたか。
 ようこそ。僕は天野いずみ。この21号埋立地を古代人の生活フィールドに見立て、その生活と精神文化について研究している、原始力研究所の者です」

「君とちゃんと話をするのは2度目に森の中で助けられて以来だな。ここは……この柱はなんなんだ?」

「ここはここは我らのヌサ場です」

「ヌサ場ってなんです」

 飛鳥は問いながらハンディカムを天野に向けた。

「祈りを捧げる場所……と言えば貴方がたにはわかりがいいかもしれませんね」

 太古の昔からずっと、神はいつも信じる者の近くにいるわけではなかった。ある神は時折人々の意思に反して現われては猛威を震い人々に畏れられた。またある神は人々の祈りに応じて定められた場所に現われる……とされた。
 信仰心から神を求める意識が起こり、そのための儀式や祭祀は、信仰が宗教に変わっていく過程の中で次第に形式化されていった。キリスト教がホーリー・シンボルとしての十字架や集うための『場』としての教会をもち、仏教が本尊である仏像や寺、墓といった『形』に定まっていったのも同じことである。
 神もしくはそれに準ずるものと対面するためには、神が仮に宿るための器となるものや場所が必要となる。
 多くの宗教が成り立つずっと以前から、同様の意識は人々の中にあった。
 宗教が成立する以前の人々の信仰では、祈る対象である神を岩に宿らせる岩座(いわくら)信仰と、木に宿らせる神籬(ひもろぎ)信仰の二つがあったとされている。
 ストーン・ヘンジやイースター島のモアイ像などの巨石遺跡は岩座信仰の典型と思われる。巨石信仰は例えばピラミッドなどのような巨大古墳や石墓などへ発展した。一方で神籬信仰の痕跡は今も各地で見ることができる。多くの神社や寺にひっそりとたつ『御神木』と言われる古木たちがそれである。
 時とともに自然岩を神の居場所として奉る岩座信仰は次第に影を潜めていったが、神籬信仰は次第に人々の信仰の主流として発展した。特に山と平地の合間に広がる森や林を生活圏としていた縄文人……古代日本人の間は、森の中にあるもっとも大きなそして立派な木には神が宿るとして崇め奉った。
 これが神の宿る場所である神殿としての神社の原型であると考えられている。

「名前を持った神を崇める宗教が成立するよりずっと以前には、あらゆるものに神……いや、精霊が宿るとする汎神論的信仰(アニミズム)が多く存在していたと思われます」

「いわゆる八百万の神々……ですか」

「八百万の神々とは、神道成立以前にあったと思われる精霊信仰の崇拝の対象だったもののことでしょう。
 人間自らが壮麗な祭祀所を作ることが叶わなかった太古の時代において、もっとも立派で壮麗な物であった『樹』に、もっとも立派で壮麗な神が宿ると太古の人々が考えたのは至極自然なことです。
 古代日本では神は一柱、二柱と数えたそうですよ。神を任意に宿らせるために自然木を切りだして建てた『御柱』に神が宿っている……という考え方を描写したものだと思いませんか?」

 日本三大奇祭のひとつに数えられている諏訪の御柱祭は、今を遡ること1200年以上昔の、桓武天皇の時代に始まったとされている。
 御柱祭は山から御柱を切り出す、それを社のある場所へ引き出す、そして御柱を立てる……といった極めて簡素で原始的な過程からなっている。が、御柱祭はその後に発展していった多くの宗教のような、呪文・教典の朗唱などといった言葉が大きな意味を持つ言霊的経緯による形式化がほとんど見られず、『神を何かに宿らせ、それを奉る』という極めて信仰において本来的な形を保っている。

「諏訪の御柱祭は祭りとしては1200年以上の歴史をもっていることになってはいますが、恐らく祭りとして制定されるずっと以前から、『樹に何かが宿る』という概念に基づいた儀式が繰り返されてきたとしても何の不思議もないはずです。遥か古代日本、縄文の時代にすでにそれはあったでしょう。
 樹に神が宿るとする信仰は、何も日本だけに限ったことではありません。御柱祭に酷似した祭や神事は世界にいくらもありますよ」

「柱を拝むことは、極めてシンプルで極めて根元的なものに近い……と、そういう意味ですか?」

 ファインダーに映る天野は諾いて続けた。

「今日は祭があります。
 あなたがた『マレビト』がこの島を訪れ、我々の生活に変化を与えたことを祝う祝宴でもあります」

「前から気になっていたキーワードなんだけど、そのマレビトっていうのは?」

「マレビトとは、外来者のことと考えてください。
 民話に登場するマレビトは、あるときは旅人、あるときは旅の僧などの姿をとって同じ毎日が繰り返される村へ現れ、神のごとき大いなる変革をもたらして去っていく。そこから、日常に変化をもたらす神の意味もあります。
 貴方がたはこの島にきてからの我々の生活に変化を与えたマレビトです。最初に根戸さんがムラに訪れたときに、根戸さんを拒否するか否かといった論議が起こったのですが、我々は、根戸さんを我々の生活に変化を与える神……マレビトとして、迎えさせていただくことに決めたのです。
 そうして、今日。今度は根戸さんだけでなく、根戸さんの知己の方々もみえられた。
 ですから、貴方がたすべてをマレビトとして我々の祭へお招きしたいのです」

「祭というと……どんなことをするんですかな?」

「祭礼における神事は、古来より饗膳(飲み食い)と決まっています。神とともに酒を酌み交わし馳走を食する饗膳こそが祭なのですよ」

 このとき、大鵬の心はすでに祭へ惹かれていた。

大鵬(よし、チャンスだ。タダ飯が喰える)

 そして、飛鳥の心も祭へ惹かれていた。

飛鳥(よし、チャンスだ。このキャメラ・チャンスは逃すまい)

 根戸の心も祭へ惹かれていた。

根戸(よし、チャンスだ。だが……)

 だが、ただの訪問者である自分たちが、なぜまるで神の権化であるかのような待遇でもてなされなければならないのか。
 根戸の心にはりついた疑問は、まだ剥がれては行かなかった。

 

 

 


act.5-21;羨望と野望と
 この「あつさ」が、内から沸きだす熱さによるものなのか、天然の温室の中にいる暑さによるものなのかはわからなかった。

 手足は何かに絡めとられたようにぴくりとも動かず、身体は金属でできているように重い。うだるような熱気を含んだ空気の中にあって、手当されたはずの脇腹が灼けるように熱い。
 彼方に追い求めてきた女豹の後ろ姿が見える。
 彼女は、彼から逃れようとひた走っている。彼もその後を追ってはいるのだが、自分が決して女豹には追いつけないであろうことも知っている。女豹は彼をどんどん引き離し、遥か彼方へ走り去っていく。
 彼は、自分が女豹を追うために走っているのではなく、女豹が目指している場所に自分もまたたどりつくために走っていることに気付いていた。同時に、自分がそこにたどりつくことができないであろうこと、目指す場所に彼自身より近い女豹に、自分が憧れと羨望を抱いていること、その悩みがいっそう彼と女豹との距離を広げているのだと言うことにも気付いていた。
 自分を引き離す女豹に声をかけたいのに、喉はカラカラで微かな呻きさえ絞り出せない。
 不意に声をあげることができそうになる。前をいく女豹がこちらを振り向いている。彼は声をはりあげようとして思いとどまった。
 なんと言ってやればいいのだ。
 待て。止まれ。
 どちらも違う。女豹の目指すものが何であるかうっすらと分かるからこそ、彼女を引き留めることなどできない。
 そこに行けない自分の想いを彼女に託し重ね合わせたとき、初めて伝えたい言葉が浮かび上がってきた。
 その言葉が喉を過ぎる刹那……。

 

 2019-04-12 16:31:09

「よかった。気が付いたみたいね」

 顔を上げた境伸也の視界に最初に飛び込んできたのは、安堵の表情を浮かべるエッセンシャル・コンデショナーの笑みだった。
 どのくらい意識を失っていたのかはわからない。
 だが陽はかなり傾き、じきに夕闇に包まれるであろうことは想像にかたくない。

「ここは……」

 言いながら境は脇腹の傷に触れてみた。火渡貴子の治療が効いたのか、まだ少し熱を持っているものの痛みはだいぶ収まってきているようだ。

「残念ながら、まだ森の中よ。なんとかホバートラックのところまで連れて帰ろうかと思ったんだけど……」

 思ったのだけれどもできなかったのではない。しなかったのである。
 特命を果たすため数々の訓練をこなしてきたESSEにとって、自分より多少重かろうとも境ごときを運べなかったわけではない。その気になれば、託された任務遂行のために境を森の中に捨ておくこともできたはずだ。
 だが、そうしなかった。なぜか境をこのままフィールドの外に連れ出す気にも、見捨てていく気にもなれなかった。
 ESSEには、境がまだ務めを果たし終わっていないように見えたが、その「務め」が、自分のこれから行なおうとしている任務に関わることなのか、境自身に関わることなのかまではわからなかった。
 その答えを境自身から引き出すために、境を森の中にとどめておいたのである。ESSEにとって、境は味方となるや敵となるや。

「すいません、ご迷惑をかけてしまって……」

「いいから、もうしばらくそのままでいた方がいいわ。熱は……」

 ずいぶん汗をかいたらしい。境の服がぐっしょりと湿っているのは、森の湿気のせいばかりではないようだ。
 ESSEは境の額に自分の額を押し当てた。ESSEのトレードマークであるプラチナ・シルバーの髪からジェルの匂いがする。
 境は少しどぎまぎして身を縮めた。

「大丈夫、かなり下がったみたい。貴子って子に感謝しなくちゃね。彼女の応急手当がなかったら、きっともっと苦しんだかもしれない」

 脇腹の草が新しいものに変えられている。どうやらESSEが貴子の処置を真似て引き継いたものらしい。時計を見ると時間は4時を回っている。

「ESSEさん、やっぱり僕はまだこの島から出るわけにはいかない。まだ確かめたいことがあるんです」

「わかってる。貴方、うなされてたわ」

「ESSEさん、僕は……」

「あなた、貴子という子のことが羨ましいんでしょう。そして彼女のことが心配なのよ」

「僕が心配しなくても、火渡くんは自分の目指している場所にたどり着くことができるでしょう。事実、それは羨ましくもあります。
 僕だって、縄文の……古代人の心に近づき、それを知りたいと思っている。そして、彼女の試みが、古代人のそれを知るもっとも有効な方法であろうということも認めている。もし僕が磐田教授の留守を預かる身でなければ、きっと僕も彼女と同じ境界線の向こう側へ行っていたでしょうね。
 ……しかし、僕一人だけでその域へ行ってしまう訳にいかないからこそ、それができる火渡くんのことを羨ましく思っている……それは事実なのかもしれません」

 火渡貴子は生まれながらにして翼あるものだったのかもしれない。大いなる鷹のように、鋭くそして自由に生きるべき者だったのかもしれない。それは恐らく疑うべくもない。
 しかし。
 大地に張り付く翼のない者である境が自由なる者を羨みこそすれ、その心配をする必要などないはずだった。なのに、今はその翼ある自由なる者の身が心配でたまらない。
 なぜか?
 答えは30年も昔の映画の題が語っている。『墜落する者には翼がある』

「自由であるからこそ、その自由をねたむ者や、自由であるものを利用しようとする者が現われないとも限らない……。
 火渡くんが目指している域へたどり着きつつあることは喜ばしいことではあります。しかし、火渡くんをとりまいている状況が、彼女にとって望ましいものであるとは限らないんです。僕には、彼女の周辺にちらついているある男が気になってしょうがない」

「天野いずみのこと?」

「まいったな……そんなことまで口走ってましたか」

 ESSEは不意に真顔になって聞いた。

「あなたと天野いずみの関係は?」

「え?」

 境はESSEの放った意外な質問に少しだけ戸惑った。
 ESSEは質問を繰り返す。

「あなたと天野いずみの関係は?」

「……天野は火渡くんの先輩にあたる……僕と同期の人間で、原始技術研の研究員の一人です。おそらく、今は火渡くんたちと行動をともにしていると思われますが……僕にはどうにも胡散臭く思えるんですよ」

「なぜ?」

「天野は書斎派なんです。古代の土器を調べることはあっても発掘現場には出向かない。実践を旨とする原始技術研にいながら、実地より理論を優先させる。まず理論があって、それにあわせた行動や実証を行なう。どちらかといえば従来の考古学者に近いタイプであって、原始技術研向きの人材じゃない……」

「なぜ天野は原始技術研にいたの?」

「古代の様式や儀式を再現することによって、古代の宗教観や精神文化を再現できる……というのが彼の論文の骨子でした。古代の様式を再現することによって、生活形態から精神文化を類推するという考え方は、磐田教授の唱えてきた実践考古学の手法とよく似ていると思います。もっとも、天野は自分のオリジナルだと言い張っていましたがね。
 しかし、天野の論文や仮説は異質すぎて、古い……それこそ古いタイプの考古学者には受け入れられなかった。だからずっと、天野の理論の一部を認めてくれた磐田教授の元でくすぶっていた……僕はそう思っていました。
 天野が火渡くんに何を期待しているのかがよくわからない。ただ、僕には彼女が目指すべきことを、天野が何かに利用しようとしているように思えて……」

「そう……」

 ESSEは何事か思案を重ねているように見えた。
 境はしたたる汗を拭うことなく、その身を起こした。

「ESSEさん。あなたいったい何者です。
 火渡くんに会うためだけにってこんな所までやってきたのかと思えば……今度は天野のことを根掘り葉掘り。天野の何について知りたいんです。いや、火渡くんや天野をどうする気なんです」

 短い沈黙の後、ESSEは意を決して唇を開いた。

「これから話すことは誰にも話してはいけない。
 ……天野いずみは、天皇政治を復活させようとしているの」

「天皇政治?」

「万一それが成功したら、日本がひっくりかえるかもしれない……。日本という国は、貴族政治から武家政治に移行した後、ずっと摂政関白及び内閣による政治が続いていて、国の本来のトップであるはずの天皇が、実際に政治を行なうということはなかったんですってね。
 天野いずみは、それをさせようとしているのよ。この国の皇帝を歴史の表舞台に引っ張り出そうとしている。そして、この島でそのための施策を講じている」

 ESSEの話は、ショッキングであると同時にあまりに現実と掛けはなれすぎていて、にわかには信じ難かった。

「天野が……でも、どうやって……?」

「貴方の話で少しだけ見えてきたわ。天野いずみは、天皇政復古のために火渡貴子に何かをさせようとしている。何をさせようとしているのかまではわからないけれどね」

「それで、あなたはどうするつもりなんですか」

「私は天野いずみの野望を未然に防ぐことを命じられている。火渡貴子については何の指示も受けてはいないけれど」

「誰から?」

「知らない方が身のためよ」

 ESSEがただならぬ使命を帯びた人間であることは、境にさえも理解できた。
 彼女は謀略を予防するための安全弁なのだ。
 ただ、彼女が持っている秘密は、境が生きてきた時間や考えてきた悩みとは、あまりにそぐわない。ESSEから聞かされた謀略らしきことを企んでいる、境の知らない天野の顔も、まるで絵空事のように感じられた。
 だが、ESSEのエメラルド・グリーンの瞳は冷たい光をたたえたまま、すべてが事実であることを訴えている。ESSEが本当に特命を帯びた存在で、そして恐らくは命令違反を侵しつつも己の目的を明かしたことは、彼女が境を信用していることの証でもあった。
 境は念を押すように言った。

「それなら、なぜ僕にそんなことを教えたんです。僕は、天皇政治復活なんて……謀略を企んでる天野のことはこれっぽっちも知らないし……あなたの力にはなれない」

「でも、貴方は私の知らない天野いずみを知っているわ。
 私は私の知っている『現実』の中で対処する方法しか知らない。もし、天野が私には考えも及ばない抵抗をしてきたら……例えば日本古来から伝わるオリエンタル・マジックのような……そのときはきっと、貴方が知っている天野いずみに関する知識の方が役にたつのかもしれない。
 だから私に力を貸して欲しいのよ」

「力を貸す……?」

「日本のために……なんて言わない。私は命じられた使命を果たすだけだから。
 ただ、このまま天野いずみを放っておくと、貴方の火渡貴子がどうなるかわからない。それだけは確かだわ」

 選択の余地はなかった。
 境の中にうずくまっていた不安はまだ確かな形をとってはいない。しかし、そこにあるのが不安であるという事実はもはや疑いようがなかった。
 ESSEの言う『天野いずみの謀略を阻止する』ということが、天野いずみを改心させるということではなさそうだったが、境には彼女がどういった方法をとるつもりでいるのかを問いただすことは出来なかった。
 何か聞いてはいけない答えが返ってきそうな気がしたからである。

「……」

 そしてESSEは沈黙を守った。

 

 

 


act.5-22;宴の夜の始まり
 2019-04-12 19:31:09

 陽が落ち、あたりはゆっくりと暗くなっていった。
『ヌサ場』と呼ばれる6本の柱を巡る広場の周囲を、火渡派・原始力研究所の研究員――としてこの島に入り縄文人の暮らしに没入した20人に満たないほどの人々――と、根戸宏率いる21号取材のための探検隊がとりまいている。ヌサ場の前には、いったいどこから調達してきたのかと思われるほどたくさんの食べ物が積まれている。
 金井大鵬は心配気な顔をして訊ねた。

「あの……これはお供物か何かですかな?」

 祭と言えば神に何かを捧げるものと相場が決まっているではないか。どうやらこのヌサ場と称する場所には、神に捧げるためのご馳走と思われる豊富な食べ物が山と積まれているが、もしやこれらはすべて神への貢ぎ物であって、面倒な宗教儀式を経た上でさらに自分の腹にまでまわってくることはないのではないか?
 歳の頃、18、9の少年がココヤシで作った器を運びながら言った。

「大丈夫です。これからみんなでこれを食べるんですよ。ムラの人間全員と、それからここに訪れる者総てで食べ、そして飲むんです。ああ、そうだ。酒もありますよ」

「なんと!」

 大仰に驚く大鵬のリアクションに、少年は照れたように答える。

「それほど立派なモンじゃないけど……ここで取れた果物を、集めておいて醗酵させたんです。こっちへきたばかりのころに作ったものなんですが、そろそろ飲みごろになってるはずだから……(^^)」

「おお! では、わざわざ我々のために!!」

 実際のところ、大鵬は心の底から驚いていた。まさか、こんな所で酒まで飲めるとは思ってもいなかったからである。そして、大事であろうとっておきの酒を振舞ってもらえることへの感謝と喜びを、大きな身体全体を揺すって表わした。
 少年は、無邪気にはしゃぐ大鵬に好感を感じたのか、にっこりと笑って彼の前にココヤシの器をおいた。

 ヌサ場を囲む人々の姿や次第に熱狂していく姿は、バリやポリネシアの祭に似ているとも言えるし、遠い昔に博物館で見た想像上の古代人のそれにも似ている。たとえ、研究と称しているのだとしても、ここまで徹底的に現代文明と隔絶した生活を続けているという例は、近代では稀にみるものだ。
 前世紀、「秘境」とか「魔境」と呼ばれていた世界各地の未開地の多くは、地域住民の生活を向上させるという名目に基づいた、先進国のNGOや自然開発によって、少なくとも秘境や魔境ではなくなっていた。未開地と呼ばれる地域に暮らす人々の多くはTシャツにジーンズを履き、カーゴ(飛行機)に乗ってやってくる先進国の観光客を電灯の下で心待ちにしているのだ。
 だが、ここには本物の秘境がある。ここへ至るまでの数々の困難や、冒険だけでも十分見応えがある。世界の大都市東京にこれだけ近いにも関わらず、世に言われてきた魔境の魔境たる部分を余すことなく再現しているのである。そして、かつての未開地の人々以上に現代文明からかけ離れた生活を続ける、自称・原住民たる原始力研究所の人々……。
 喜ぶ大鵬を余所に、目前に見えるものを持ち込んだすべてのテープに焼き付けるために、飛鳥龍児は夢中になってハンディカムを回し続けた。

 

「根戸さん。あなたは必ずこのムラに……我々の元に戻ってきてくれるものと確信していましたよ」

 天野いずみの能面のような白い顔は、燃え盛るかがり火でほんのり赤く見えた。
 ヌサ場の周りで祭に興じる大鵬と飛鳥をよそに、接触したふたつの異文明の代表たちは、祭の中央からはやや離れた場所でお互いの腹の内を探りあっていた。

「僕は取材のためにここへ戻ってきたんだ。別に君の望みを叶えようと思っているわけじゃない」

「いやいや……あなたは我々のムラにやってくるために、そのために選ばれてここへきたのです。いいですか? この世に偶然などといったものは何一つない。一見して偉大であるように見えるできごとも、悲惨であるように見える出来事も、すべてが最初からそうなる必然の元に手繰りよせられているのです」

 おそらくは縄文の様式に乗っ取っているのであろう装束をまとっている天野だが、その知識や意図は、これまで根戸宏が考えてきた原始人や原住民のそれとは一線を画していることは疑いようもない。
 ただ、天野の細く知性的な眼は、原日本人と言われる縄文人の末裔のそれというよりは、遠い昔に大陸から渡ってきた人々の血をより濃く感じさせるものだった。

「ほう……縄文人が宿命論者だとは知らなかった。では、この素敵な巡り合わせに僕を導いてくれた神様にお礼を言いたいんだが、君たちの神様をなんと呼んだらいいのかな?」

「神の名……ですか?」

 天野はかがり火から眼を離し、隣りあって座る根戸に振り向いた。

「神には本来名前などないものですよ。我々の神となるものにも、〈まだ〉名前はありません」

 言いながら、天野はこの場に居合わせていない火渡貴子との会話を思いだしていた。

 物語は数日前に遡る。

 

 

 


act.5-23;神の名
 2019-04-10 21:12:44(回想)

「この祭は、我々の生活に命を吹き込むためのイニシエーションなのだ」

 その日、20人あまりからなる火渡派・原始力研究所を前にした天野いずみは、これから行なわれる祭の意味について演説していた。

「我々は古代人の生活を実地に行なうことを通じて、古代人の精神を知る試みを続けてきた。試行錯誤はあったが、縄文人のそれをモデルに、ようやく生活のサイクルもできあがりつつある。
 だが、これまでのままでは、彼らの生活の真似ごとをしているにすぎない。彼らの形ばかりを真似ているのでは、磐田教授の原始技術研と変わらない。原始技術研と袂を分かってまで新たな試みに挑んだ意味がないではないか。
 そこで、我々の生活に命を吹き込むために、生活の中に『神』となるべきものを招き降ろすために祭を行なう。それが、これから行なわれる祭である」

 火渡派の多くは原始技術研で狩猟のための狩具の再現や狩猟方法の再現を行なっていたものたちである。だが、手段の研究は本来的意味あいを薄れさせる。原始技術研に在籍していた当時は、作った道具で狩をすることにのみ執心する者が多く、狩猟をすることの意味を考えようという者は比較的少なかった。
 だが、今は違う。狩をして獲物を得ることは、日々の糧を得ることである。狩をしなければ生きていけないということは、狩られた獲物への感謝につながる。それはごく自然に獲物へ感謝を捧げる日々の祭礼に昇華した。
 食べることが祈ることと密接な関係にあることを、彼らは身をもって理解していた。

「おんごろにきて、我々は日々の糧を与えてくれる存在に感謝を捧げてきた。それはヌサ場での舞であり、一日の獲物を食べ飲みながらの饗膳である。
 しかし、これまで我々は日々の糧を与えてくれる存在……仮に『神』と呼ぶが、この神を遠く祈るだけで、神をムラに招き入れての祭を行なったことがない。
 だから、今こそその祭を行い、神をムラに迎えようと思う」

 かがり火を囲んで円陣を組む火渡派は、天野の言葉に黙って耳を傾けていた。
 火渡派には、特に定められたリーダーというものはいない。自然を感じるためのセンサーとしての火渡貴子とそれに抵抗なく続く火渡派の大部分、そして火渡派に原始力研究所という学派としての痕跡をとどめるため、日々の行動や得たことを知識として意味付けするための天野いずみによって成り立っている。いわば、貴子が最初に気付き、火渡派全員がそれを受け入れ、天野が意味を見いだす。貴子は文字どおりセンサーであり天野は解読機だった。貴子は自分の行動を誰かに保証されなくてもかまわなかったが、すべての人間が貴子と同様に自分の行動に自信をもって生きているわけではない。天野が意味を見いだすことによって、火渡派の多くは自分の行動に安心を感じていた。
 貴子と天野は特別視されていたが、特にリーダーシップを期待されるということも、それを彼らが望むこともなかった。
 天野が能動的行動を起こすことは、少なくともおんごろにきてからはなかったが、彼が語ることには、必ず相応の意味が含まれていた。だからこそ、今回、これから行なわれることに天野が意味を見いだしていることに、火渡派の多くはあまり抵抗を感じてはいなかった。
 貴子が天野に聞いた。

「……なぜ今、祭を始めなければならないの? 何か特別な意味があるの?」

「何事にも最初はある。我々の生活は不必要な既存の知識に縛られるものではない。なればこそ、我々自身の必然に身を委ねるのが、ごく自然なことだろう。
 そして、ここには暦がない。我々が長いサイクルで日々を刻むためにいま得られる環境に『基準』を求めるなら、月の満ち欠けを参考にするのがもっとも自然と思う。だから、次の満月の晩に祭を行なうのだ」

 特に反論はない。
 天野は先を続けた。

「これまで、名を持たない神に一方的に感謝を捧げることはあったが、我々のムラに呼び出すことはなかった。だが、神を我々のムラに迎えるにあたって、我々は神の名を呼ばなければならない。呼び出すためには、呼ぶための名前が必要となる」

「単に神じゃいけないんですか?」

 18、9歳の、火渡派ではもっとも若い少年の質問に、別の上級生が答える。

「我々が招いて感謝したいのは、我々に良くしてくれる神だろう。よくしてくれる神ばかりでなく、そうでない神だっているんだ。目的の神を招くためには、やはり名前を呼んだ方がいいんじゃないか?」

「ああ、なるほど」

 納得した少年をよそに、天野の言葉が続けられた。

「我々の神には名前がない。だから、この祭は神に名前を付けるための祭でもある。神の名を呼ぶことによって、我々は神を招くことができ、神を知ることができる」

 神に名を与え、神を知る。それは傲慢かもしれない……と貴子は思った。だが、確信はなく反論するには論拠もなさすぎた。

「神に名付けることの意味は『無から有なる文化を編み出す第一義』でもある。これまで、我々は文明社会で身につけてきた文化をおんごろで捨てさり、混沌を作り出し、そこから新たな生活を得た。そして、今、我々は我々自身で作りだした生活に意味を見いだし、新たな文化を得ようとしている。
 かつて、12000年に渡る永き時間を平安に過ごした縄文人がその暮らしの中から神を見いだしたのと同じように、我々もまた神を見いだす時がきている」

 祭に対する天野の意味付けは、甘美でそして揺るぎなかった。
 貴子は微かな不安を縄文人へ馳せる思いに隠して、神を迎えようとする人々の輪へ浸った。

 

 

 


act.5-24;神を食う
 2019-04-12 20:01:39

 山と盛られた供物が、ヌサ場の人間たちの腹を満たしつつあった。

「まだ……というと、いずれは名前がつくということなのかな?」

「この祭はアイヌのイヨマンテがそうであるように、神を迎える祭です。しかも、我々が初めて神を迎え入れる祭なのです。マレビトであり客人であるあなたがたには名前がある。だが、これからやってくる神にはまだ名前がありません。だから、この祭は神に名前を付ける祭でもあります」

「ふぅん……これから名前を付けられる、まだ名前のない神様ねぇ。その神様の正体はなんなのかな? 創造神か? 裁判神か? 宇宙神か?」

「名付けられる神がなんであるかは、名がつく寸前までわからないのです。というより、名前が付けられることによって、初めて神の正体が明らかになるというべきでしょうか。名を呼ぶことができないものは、それが何であるか知ることができません。ですが、神を呼ぶことができなければ、神を降ろす祭もできない。だから、神に名を与え、神を……神かどうかわからない、力を持った何かを御するのです」

 神に名を与え、神を知り、神を御する。なんとも傲慢なことだ……と、根戸宏は奇しくも火渡貴子と同じ感想を胸に抱いた。そしてこうも思い直した。
 人間は太古の昔から、自分たちの暮らしを成り立たせるために自分たちの周りにあるものたちを従わせてきた。道具を作り、慣習や規則を作り、それらを言葉で制してお互いの名を呼びあう。そうして、相対するものの名前を決め、それを呼ぶことによってすべてを従えてきた。
 未知の力を畏れつつも、それに名前を与えて自らに従えようとする。神と敬いながら、それを使役しようとする。ここには、人間の持つ矛盾した二面性の発現の歴史までもが再現されつつあるようだった。

「神を降ろすと言ったが、具体的な方法は? イタコでも呼んでくるのかな?」

「当たらずも遠からず……ですよ」

 ヘキサグラムのように並んだ6本の列柱からなるヌサ場の中央に、粘土と樹皮から作られた鳥を模した仮面を付けた女がぬかづいた。

「……あれは」

「世界の多くの神話では、柱は天に向かって延びる『天の架け橋』だと言われます。神は柱を伝って我々の前に降りるのです。彼女が神を柱に降ろすために舞を捧げるのですよ」

 舞が始まった。
 樹のドラムが短いリズムを刻み舞の始まりをせかすが、舞を奉じる踊り子はぬかづいたまま立ち上がる気配を見せない。
 火渡貴子は粘土と樹皮で作られた仮面の下で思案にくれていた。

『根戸宏を食う』

 天野いずみの、あの晩の言葉が忘れられなかった。火渡派の仲間達の前で、その話はいっさい触れられることはなかったし、天野自身も二度とそれを口にすることはなかった。
 貴子は事物を意味づけることは天野ほどには得意ではなかった。だが、人を食べなければならない理由がどこにあるのかについて思い当たる理由を探ってみたが、いつも天野がそうしてみせるほどに納得のいく理由は思いつかなかった。
 もし、その理由を天野に聞けば、恐らく貴子は納得した上で根戸を食べてしまいそうな気がした。それが現実になってしまうのが恐ろしくて、それ以上の事を天野に訊ねる気にはなれなかった。
 答えが出せないでいることは不安だった。不安の元を取り去るため、食べなければならなくなるかもしれない根戸を遠ざけようと、わざわざムラの外に逃がしたのにも関わらず、その根戸は今度は仲間を連れて再びムラに訪れている。
 答えは見つからなかった。
 だがドラムの響きは仮面の下の貴子を次第に一羽の鷹に変えていった。得た獲物を得られたことを感謝する舞を始めたのはいつからだったろう。今ではドラムの響きを聞くだけで身体が舞を始めてしまう。
 その舞を誰に……否、何に捧げているのか。今宵はその答えさえ得られそうだった。

 貴子は静かに羽ばたき、舞い上がった。

「強力な神を迎えてその力を得ること……身体の内に神の力を宿し神と一体となることこそ、自然に揉まれ自然を御していくことを夢みた人々の夢だったと思いませんか?」

 何かの力を身体の中に取り入れるということは、それを食べるということでもある。
 顕著な例として肉食があげられる。縄文人は、狩猟によって獲物の肉を食べることを重ねてきたと考えられる。もちろん、肉を食べることは栄養を補給することに他ならないが、肉食という行為には、さらに特別な意味もあった。
 獲物は狩などそれなりの労力を果たさないと得ることができなかった。その多くは生命力の源であり、さまざまな技能の塊であった。四肢が発達し力強い獲物もいれば、健脚で逃げ足の早い獲物もいる。また、永く生きるもの、空を飛ぶものなど、それらは人間が憧れる多くの力を持っている。
 それらの獲物の生命力や技能を得ることを願って、獲物をそのまま身体の中に取り入れる……それが、肉食の呪術的な意味である。
 対立する部族の勇者の肉を喰らう食人習慣であるカニバリズムもまた、この肉食の儀に含まれる。

「神を食って得た力で権力を生み出し、その力を得た者は自然だけでなく、すべてに君臨する覇者となるというわけだね。例えば国、または世界を統べる……とか」

「神の大いなる力を体内に宿すことができ、神と一体となった生ける神を作り出すことができれば、決して不可能ではないでしょう」

 天野の言葉は理想もしくは例え話の域を出るものだとは考えられなかった。少なくとも根戸は、どう考えても思考実験以上でも以下でもない宴席での話ととっていた。

「ナンセンスだ。それならシャーマンは皆、権力者になれる。だいたい、永続的に神を降ろすことができなければ権力を手にし続けることはできない。……かつて、そんなことを達成したシャーマンなんていたかい?」

「いますよ」

 天野は貴子の舞から目を離すことなくさらりと言ってのけた。

 

 

 


act.5-25;狂的
 2019-04-12 21:01:29

「体内に偉大なる神を取り込み、それを代々受け継いで生ける神となった者なら実在しています。御玉体……この国の天皇陛下がまさにそれにあたる」

 天野いずみの能面のような顔が、幾分紅潮しはじめていた。それが酒のせいなのか、興奮のせいなのかは根戸宏にはわからなかった。

「天皇が血のリレーの宿命を帯びて、血統を長らえてきたことは認めよう。だが、天皇にそんな力はない!」

「いや……かつてはあったのですよ。
 まだ弥生時代に至るより遥かな縄文の昔、彼ら縄文人の奉じた名もない神に名を与え、自らの体に迎え入れようとした者たちがいたのです。それが御玉体の始祖です。御玉体の始祖は、高天原と名付けられた場所から偉大なる天皇霊とも言うべき力を持った『神』を自分の中に呼び降ろし、ムラをクニに変える力の元となる力を得たのです。
 ですが、偉大なる天皇霊はこの世を平に統べるためにこの地に下られたはずであったのに、御玉体を鎮るべき者たちの穢れによって本来の目的を果たすための力を弱めてしまわれた。嘆かわしいです。
 古代のごく新鮮な天皇霊を宿された御玉体はみな長寿であらせられた。それは、天皇霊の力によるものであろうと考えられる。
 だが、時を経て、天皇霊が歴代の御玉体に転生を繰り返されるに従って、次第にその御力は逸していかれ、次第に御玉体の寿命も短くなられている」

 天皇の系譜を見ると、神武天皇以下数代に渡るごく初期には、100歳を越える長寿天皇の名前が列挙されている。まだまだ人間の寿命が短かった当時のことを考えれば、70歳以上であっても十分に驚異的な長寿であると言えるのだが、考昭天皇114歳、考安天皇137歳、考霊天皇128歳……と、軽くあげるだけでも信じられないほど、長生きであったとされている。
 しかしそれは神話時代の天皇の記録であって、信用に値するものとは言えない。
 根戸は、天野の論理が次第に狂的な陰りを見せはじめていることに気付いた。

「このままでは、いずれ……いやすでに御玉体に宿られている天皇霊の御力は尽きているかもしれない。神である天皇霊を鎮らねばならない立場にあるものたちが、御玉体ばかりに目を奪われ、本来鎮るべき天皇霊たる神をないがしろにしていることが問題なのだ。
 新たに神に名を付けるということは、かつて神の名を呼んで天皇となった御玉体の始祖が天皇霊を自らの身体に降臨させたのと同じである。同じなのだ。
 神が神となる以前の時代にあった天尊降臨を再現し、降りた神に新たな名を与えることが我が使命なのだ」

 根戸は確信した。
 この男は狂人だ。しかもただの狂人ではない。精緻な理論を振るい、盲信によってそれを真実たらしめようとしている。
 おんごろと名付けられた21号埋立地は、今や天野いずみによって天尊降臨の舞台に仕立て上げられた。演出家である天野は、これからこの舞台の上に神が降りると叫んでいる。そして神を取り込む主役となるのが、あの鷹面の女……火渡貴子であることは間違いない。
 神がどう降りるのか、それは定かではない。とんでもない舞台効果で神が降りたように見せるのか、それとも役者に見えない神が降りたと言い張らせるのか……まさか、本当に神を目の当たりにさせてくれるつもりでいるのか。
 だが、いかなる結末が現われようともかまわなかった。
 これから根戸の目の前で、センセーショナルな事件が起ころうとしている。それだけは確かだった。
 根戸は確信した。
 己の使命がこれから起こるすべてを見るために、この島へ呼び出されたのであろうことを。

「今の天皇に新たな力を吹き込むつもりなのか?」

「大いなる力を逸した天皇霊では、世を統べるという本来の目的を果たすことはできない。御玉体はただの器に過ぎないのだから、御玉体を崇め奉っても何にもならない。
 今再び、力を持ったあらぶる名もなき神をこの『おんごろ』に呼び降ろし、空っぽの御玉体に代わる、力ある天皇をたてる必要があるのだ。なればこそ既存の……力のない空っぽの御玉体にこだわる必然などまったくない。
 新たな器に新たな神を降ろし、新たな名前を与えて新たな天皇を作り出す。そして、新たな天皇による王政が行なわれ、新たなる秩序が世界を導くのだ!」

 俗な言い方をするならば、今の天野は超狂的理想主義右翼であるようにも見える。達成不能な理想を掲げる右翼は前世紀から少なくはなかった。今でこそ数は減ったものの、盲信的宣伝右翼も珍しくはない。
 しかし、この男はまごうことなき狂人であった。
 ベールの下に狂える理論を隠しそれに基づいて行動していながら、今日まで誰にも気付かれなかった。おんごろというある種特殊な環境がますます天野の狂気を覆い隠していたきたのである。

 天野の興奮に合わせるように、火渡貴子の舞もクライマックスへ近づいていた。
 貴子は天空を飛ぶ一羽の鷹となって、獲物へ狙いを定めていた。翼に風を受け、その身は遥か雲の彼方まで高く舞い上がる。
 鋭い眼差しが、天空の高みから地上を見おろす。
 まるで飛んでいるような舞姿だった。

 その貴子の舞に目を向けているものはすでにほとんどなかった。宴で振舞われた酒のせいか、ヌサ場を取り囲む者たちのほとんどが強度の酩酊状態を様していた。だが、酒に弱いはずのない金井大鵬や、ハンディカムを握りしめたままの飛鳥龍児までもが半ば意識を逸していることから、それが単なる酒の酔いではないことは明白だった。
 今、このヌサ場で意識を保っているのは、根戸と舞う貴子と、おそらくすべてを仕掛けたのであろう天野の3人のみだった。

「何かを仕込んだな……?」

「神を降ろすためには柱がいる。それがこの6本の柱である。そして降りられた神に、我々の誠意を伝えるため、我々の持つ力を与えなければならない」

「贄か。生け贄にする気なんだな!?」

 天野の細い目が見開かれ、その瞳に浮かんだ狂おしい光が根戸の問いに答えていた。

「神を取り込んだ者が、神に与えるべく贄を喰らうのだ。神をその身に住まわせるために……もちろん、お前も神に供えられる供物となるのだ!」

「天野ォォォォォッ!」

 その刹那、境伸也の絶叫がヌサ場に響いた。

 

 

 


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(c)1992楠原笑美.