水素自動車諸元
■HV(水素自動車)における水素エンジンの基本原理
水素エンジンは燃焼室に水素を吸入し、爆発燃焼させることによってピストンを上
下、またはローターを回転させる。原理的には従来のガソリン内燃エンジンと大きく
変わるところはない。
大手メーカー各社は、これまでにいくつかのエンジンが試作されている。
水素エンジンの燃料である水素は燃えやすいため、通常のピストン・エンジンでは、
燃料の水素が、爆発燃焼によって高温になった燃焼室に吸入されるときに、バックフ
ァイアが起こる場合があった。(バック・ファイア=燃料タンクから燃焼室へ流入中
の燃料に引火して燃料タンクに火が回ること)
各メーカーのエンジンの課題のひとつは、このバック・ファイアを回避することに
あると言われてきた。そのため、秘密裏にしのぎを削ってきた各大手メーカーは、未
だ子細に渡る技術・ノウハウを公開していない。
1991年にいち早くその諸元の一部を公開しているマツダの水素ロータリー・エ
ンジンは、吸気室と燃焼室が完全に分離しているというロータリー・エンジンの特性
をそのまま活用しているため、吸気室が高温にならない。このため、バック・ファイ
アを回避できる特性を持っている。
また、燃焼室の表面積が大きいため低い温度での燃料の燃焼が可能であるが、水素
の不安定な燃焼を制御する技術の裏技については、マツダも未だに公開していない。
これまで、ガソリン・軽油などの燃料は、燃料タンクから液体のまま燃焼室近くま
で運ばれ、フュエル・インジェクターからの噴霧によって霧状にして燃焼室に吹き込
まれてから、燃焼室内で着火するという方式をとってきた。
だが、水素エンジンに燃料として送り込まれる水素は、これまでの自動車燃料とし
ては考えられなかった気体燃料である。しかも非常に燃えやすく危険である。
例えば水素ガスを低温液化して燃料タンクに貯蔵した場合、水素ガスの消費に伴っ
て燃料タンク内の液化水素の液面が低下し、燃料タンク内に水素ガスが充満するとい
う危険な状態に陥る。もしこの状態でバック・ファイアが起こると、燃料タンクに引
火し爆発する。
そこで、1990年代頃から水素吸蔵合金の研究が盛んに行なわれた。
水素吸蔵合金は金属内に水素を吸蔵する性質を持ち、水素を吸収することによって
放熱する。逆に、吸蔵合金を加熱することによって吸収されていた水素を放出する。
エンジンを冷却した後の冷却水で水素吸蔵合金製タンクを加熱することによって、次
回燃焼のための水素を放出させ、エンジンへ送り込む……というサイクルが成立する。
研究課題となっていたのは、水素吸蔵合金の耐久製であるが、近年になってより耐
久製が高く、安価な材料の研究が進められている。
■HVの普及と将来
これまで不安定で危険な要素が多く量産化が遅れ、一台あたりのコストが非常に高
価なものであることや、水素燃料補給体制等の全国規模のサービス体制などのインフ
ラストラクチャーの整備が遅れていたため、未だEVに比べればHVは安価に普及し
ているとは言い難い。
実際、無公害車しか走っていないはずの群島においてでも、EV8割、HVに至っ
ては1割以下しか見られない。特にサービス体制の未整備によるところが大きく、個
人でHVを保有できるような人間は、これまでのところかなり限られている。
しかし、近年EVメーカーに自動車市場を席巻されてきた、既存の大手自動車メー
カーによる巻き返しが予想されるため、今後価格が低下してEVなみになっていった
場合、路上だけでなく市場でもEVと競争することが可能となる。
水素の生成技術が向上し、 無限に近い資源量を誇る水(H2O)から安価に水素が
抽出できるようになれば、HVはEVを凌ぐ次世代自動車としての地位を不動のもの
にするだろう。
余談だが、これまでに水素エンジンを搭載したレース用自動車の記録は、公表され
たことがないが、これに挑戦して廃棄処分になった開発途上車体が数多く存在するこ
とは、HV開発の現場では公然の秘密とされている。
※参考資料
『三宅総合研究所・最新技術レポート2018』サイエンス社/2018年刊