SNSに出入りしている洋上高校の生徒は決して少なくない。
だが、その日SNSを訪ねてきた制服姿の少女は……少なくとも三日月迅の見る限り、初めての客だった。
「あのー……」 そう言ってカウンターの中の三日月に声をかけたが、それきり言葉を飲み込んでスツールに腰を降ろした。
「ご注文は?」 何か物言いたげな少女の表情に、あえて気付かない振りをして三日月は声をかけた。
「アイスコーヒー……」 ぽつり、と少女はもらし……またうつむいて黙り込んだ。何か言葉を続けようとしていたように見えるが、なかなかそれを言い出す事ができないようだった。
「あの、ここで占いをやっている……って聞いたんですけど……」
アイスコーヒーを差し出したとき、少女は意を決したようにそう言って、三日月の方に身体を乗り出した。
何かひどく思い詰めた様子でもある。 「占いをやっているのは、俺だけど」
そう言って営業用の笑いを浮かべる。 「占って欲しいんです。クラスの友達が、ここの占いは当たるって言うから……」
「……まずはアイスコーヒー飲んでからね。走ってきたんじゃないの? ずいぶん汗かいてるよ」
「……外、暑いから……」 言葉を濁すような、そんな口調だった。
少女はアイスコーヒーを飲んでいる間も、そわそわと落ちつかなかった。顔色も良くない。だが、飲みかけで席を立ってトイレに入り、戻ってきたときにはまるで別人のように落ちついて……悠然とした笑みが浮かぶほどだった。
(……?) 一瞬、違和感のようなものを感じずにはいられなかった。
さっきまではコーヒーを飲むのも苦痛そうだったのに、グラスに半分ほど残った液体に、ミルクとガムシロップをくわえて美味しそうに飲み干し、小さくため息をついて三日月の方に視線を投げかけた。
「じゃあ、お願いできますか? 占って欲しいのは、恋人の事なんですけど」
その口調も、さっきまでのおどおどとしたものとは違っていた。このくらいの歳の少女にありがちな無遠慮なほどの慣れ慣れしさが感じられる。
「えーとね、具体的な事が知りたいの。私の彼氏……、洋上高校の三年生になるんだけど、私の他にも彼女がいるみたいでね。うーん、二股っていうのかなあ。その彼女と、彼、別れるかなあ。そういうの、分かる?」
「ちょっと、難しいね」 三日月はそう言って、微笑を浮かべた。
「占い師は、未来を決めて上げる事はできないんだよ。きみの彼氏が……そのもうひとりの彼女と別れるかどうか……そのイエスかノーかの答えだけじゃ、解決にはならないだろう? 例えば答えがノーだったら、きみは潔く身を引くつもり? そして答えがイエスだったら、何もせずに彼がそのもうひとりの彼女と別れるのを待つ? 占いっていうのは、あくまでもアドバイスだよ。きみがどう行動すればいいのか、どんな道を選べばいいのか悩んでいるときに、きみがその迷いを吹っ切るための……ね」
「うーん」 少女は少し悩んでいるようにも見えた。 「じゃあ、こんな質問ならどうかしら? 彼の心を独占するためには……どうすればいいのか。それを占って欲しいの」
「OK、分かったよ。じゃあ、ちょっと席を変わろう。あっちに占い用のブースがあるから」
三日月はそう言って、ウェイターに後を任せるとカウンターを出た。
占いのブース……と言ってもラウンジの一角にテーブルを置いただけのものだ。だがそこに腰を降ろすと、三日月迅の表情がぐっと引き締まった。
占いにもさまざまな種類があるが、三日月の使うのは八卦である。自然界、人界の百般を象徴する八つの図形−−乾、兌、離、震、巽、坎、艮、坤−−をもとに占うものだ。
三日月はそれぞれのシンボルの描かれたカードをトランプのように扱い、導き出されたいくつものキーワードを総合的に判断して占いの結果として相手に伝える。
少女はカードを操る三日月の手元をじっと見つめていた。 いや……だがその目は、実は何も見てはおらず、うっとりと空想に浸っているようでもある。
少女の言った通り、相手には他の女の存在があるようだった。相手の少年の気持ちは特に定まってはいない様子で、どちらも親しくつき合うガールフレンドという感覚なのだろう。彼氏が……と言っていた少女の言葉は、どちらかと言えば彼女のひとり相撲なのではないか、とも思われた。
彼女が相手の少年の心を掴むチャンスがないわけではない。 だが、すぐに行動を起こしてどうなるほどに、少年と彼女との間は親密ではないように思われた。まだ出会ったばかり……日の浅い交際なのだろう。
「あんまり焦らない方がいいみたいだね。彼はまだ、きみとももうひとりの彼女とも、友達でいる方が楽しいみたいだ。もうしばらくの間、今まで通りのつき合いをして、様子を見てご覧。急いで彼の心を独り占めしようとすると、かえって良くない結果になるかも知れない」
「ふぅん……」 あれだけ思い詰めて三日月を訪ねてきた割に、少女の反応はそっけない物だった。
「必勝法があればなあ」 そう、小さく呟いてため息をつく。
「人の心のことだろう? そんなに簡単にはいかないよ」 「やっぱり…………の方がいいや」
少女が口の中で何かもごもごとしゃべった。 はっきりとは聞き取る事ができなかったが、ラブシック……と言っていたような気がする。
「……何だい、そのラブシックって」 「ううん、何でもないの。ありがと、占い師さん。私、ヤキモチ焼かないでもうしばらく様子を見る事にするわ。それまでは彼と恋に落ちる夢を見て我慢する」
少女はそう言ってにこっと笑うと、占いの料金を払って席を立った。
その後ろ姿を見送りながら、三日月は何か納得の行かない物を感じていた。店に入ってきたときの……思い詰めて、おびえているようでもあった彼女の表情が、意識の奥底にこびりついて離れなかった。
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