act.1:特番前夜……
 物語は3日前に遡る。

 その密議は、洋上大学マスコミ学科とラジオ短波によって設立されたTV放送局・AS(アーキペラゴ・ステーション)の小会議室で行なわれていた。
 数人が肩をふれあいながらすし詰めにならなければ座れないどこかの国の戦略会議室((c)アタック・オブ・ザ・キラートマト)のように狭い会議室でよからぬ相談を交わしているのは、壮年の男性と二十歳前半であろうと思われる若い女性の二人だった。
 男性の名は三宅準一郎。洋上大学基礎工学部教授にして三宅総研所長、洋上大学のテーマ・プロジェクトであるバイオスフィアJ−U計画の主幹の一人でもある。人工群島の名物教授として、溢れる才能を訳のわからないことにつぎ込み、才能のムダ使いしていることでも名高い人物である。
 女性の名は根戸安香。洋上大学マスコミ学科放送講座専攻の学生であると同時に、ASのアナウンス部に所属、お天気おねーさんなどの実務を経て、この春から制作部へのステップアップを狙って番組企画の企画書を書き散らす毎日を送っている、才気溢れる女子大生(死語)である。
 そして、根戸安香のいま一つの顔は……その名が示すように、ASの名物ディレクター・密林男(^_^;)根戸宏の実の妹であるということだった。
 これまで;PROFILEには名前があるのに、根戸宏のメール・アクションにもガラクエシリーズにも一度も名前の出たことのない(いや、いっぺんくらいはあったかもしれない(^_^;))、謎のNPCであった根戸安香。その謎のベールがついに剥されようとしていた。

 

 二人がこの小会議室に篭ってから、すでに2時間がすぎようとしていた。
 室内の話が外部へ漏れないように完全防音された小会議室は、そのお手軽さからしばしばASでの社内恋愛愛好者たちが逢引に利用しており、この部屋に男女がふたりっきりで篭ることは「逢引してますよーっ」のしるしとさえささやかれていた。
 現在、その小会議室は、安香の厳命によって安香と彼女を訪ねてきた三宅教授の二人以外は排除されていた。本来なら安香と三宅教授にあらぬ噂がたっても不思議ではないところだが、当の本人たちはそういった噂の流布をいっさい気にとめないタチであったので、そのことはあまり気にはしていなかった。そして、いまこの二人が取り組んでいる密議は、安っぽい逢引などよりはるかにスリリングでエキサイティングな計画だったのである。
 三宅教授は会議用デスクの上に数枚のカード・メモリと、それをTV用の四分三のVTRカセットに落としたものを並べている。安香は三宅教授の持ち込んだカード・メモリとVTRカセットを壁面のモニタで流しながら、数十キロバイトに及ぶメモを打ち込み続けている。
 ときおり、二人はばんばんとデスクをたたきながら大笑いし、少年のような瞳をキラキラと輝かせて話し込んだ。

 長きに渡った密議は終わりに近づきつつあった。

「……というような感じでどうでしょう?」

「うむうむ、気に入った。キミ任せるよ。さ〜すが、根戸宏の実妹というだけのことはある。今は亡き兄上の分までがんばりたまえよ。いや、今回のこの企画で大いに株をあげ、兄上を超えるディレクターになりあがり、天国の兄上を安心させてやりたまいっ!」

 ちなみに、根戸宏はまだ死んでいない。
 もし死んだとしても、天国にいける人間とは思えないが、根戸宏を自分の同類として気に入っている三宅教授にしてみれば根戸は死ねば天国へいける人材であるらしい。

「わかりました、教授。あたし、がんばります。天国のにーさん、あたしを見守っていてね!」

 繰り返すが、根戸宏はまだ死んでいない。

「その意気だよ、がっはっは」

「教授。この特番ですけど、飛び込み&抜き打ちですから……回想シーンの撮り下ろしと例の映像を混ぜながら、私の司会進行で、3日後の深夜に生放送……ということでよろしいですね?」

「うむ。それでけっこう。この番組のスポンサーには我が三宅総研がつく。君は番組製作進行に全力を注いでくれたまい!」

「ありがとうございます、教授!」

「がっはっはっは。任せたまい、任せたまいっ! で番組のタイトルはどうするかね?」

 根戸安香は端末のメモに打ち込んだ、番組のタイトルを朗唱した。

「タイトルは……これです!『報道特番・街に流れた噂は本当だった!! 白葉透農業工学科教授(45歳)に訪れた数十年ぶりの遅い春の真相が今夜明かされる!!』で決まり!」

 おそらくは白葉教授にとってのみ、シャレにならない計画はここに始動されたのである。

 

 


act.2:生番組始まる!
 ASのスタジオは、深夜とは思えないほどの熱気に満ちていた。
 三宅総研の全面バックアップ(資金援助)と、三宅教授の肝入りで急遽あけられた深夜枠。だが、この特番の計画はぎりぎりまで秘密裏に進められ、当日も何の予告もなくはじめられた。しかも、前の時間枠に入っていたレギュラーの埋め番組を半分潰してはじめるという凝りようである。

「……番組の途中ですが、これより報道特別番組・街に流れた噂は本当だった!! 白葉透農業工学科教授(45歳)に訪れた数十年ぶりの遅い春の真相が今夜明かされる!! をお送りします」

 調整室のモニタから映画情報番組が消え、急拵え(のように見せかけた)スタジオが映った。マイクを握る司会進行役は、誰あらぬ根戸安香自身である。春までのアナウンサーとしての豊富な経験が見事に役だっている。

「AS特別取材班では、バイオスフィアJ−U計画の主幹・白葉透教授の身辺で兼ねてより噂となっていた情報の真偽を確かめるために極秘密着取材を行なってまいりましたが、この程、重大な事実をつかむことに成功いたしました。
 今夜は白葉教授の周辺の方々にスタジオにお越しいただき、その証言を交えながら特別取材班がつかんだ衝撃の激白報告をご覧いただきます」

 キャメラは群島区西縁島にある縁島団地を煌々捉えていた。深夜の縁島団地A棟は中継車によってライトアップされ、緊張した雰囲気を伝えている。

「何しろ、私、このような役で喋らせていただくのは初めてですので、少々緊張しています。もし、もしかしたら、NGを出してしまうこともあるかもしれません。そんなときは、これ。これですっ!
 Let’s ヤリダンス!
 NGを恐れてはいけません。もし誰かがNGを出してしまったら、ヤリダンスを踊ってやりなおしちゃいましょう! スタジオのスタッフの皆さんも、出演者の皆さんも、TVの前の皆さんも、ご一緒に!
 Let’s! ……で一回、腕をこう振り挙げてください。  Let’s Let’s ヤリダンス! ……で、二回、腕を振り挙げてください。
 じゃ、いっぺん練習してみましょう! いいですか? あー・ゆー・れでぃ?」

 フレームの外から「OK!」の声が戻ってくる。
 安香はキャメラの方向にマイクを向ける。

「では……はいっ!

Let’s!

(一回、腕を振り挙げる)

Let’s Let’s ヤリダンス!

(二回、腕を振り挙げる)

 ……結構、実に結構。では、もし本番でNGが出てしまったら、そのときはみんなでヤリダンスを踊ってNGを吹き飛ばしてしまいましょう。いいですねっ☆」

 いやが応にもスタジオは盛り上がった。
 以前、子供向け番組の司会をしていたときの経験も生きている。((c)それゆけフーリル島/ザ・ミスフィッツ)
 安香は再びキャメラに向き直った。

「さて、先のAS短波のインタビュー番組『久美子の部屋』で明かされて以来、巷を賑わせている『白葉教授婚約説』は、白葉教授自身によって何度となく否定されてきました。
 しかし、AS特別取材班にもたらされた情報によりますと、白葉教授に意中の女性がいること、そしてその女性と白葉教授がすでに同棲生活をはじめているというのです。
 まずは、二人の出会いからご覧いただきたいと思います」

 モニタが切り替わって、白葉教授邸内をローアングルから捉えた映像が映った。

「この部屋……縁島団地の白葉教授邸内……玄関を入ってすぐ左にある囲炉裏の間です。その日、宴が催されていた白葉邸に現われた中島千尋嬢が、白葉教授と運命の出会いをされた場所が、この囲炉裏のある間だったのです。
 では、CMを挟んで、その場にいあわせたジーラ・ナサティーンさんに詳しいお話をお伺いしたいと思います」

 モニタに再び縁島団地が映り、画面中央にインポーズされたスポンサー・テロップのバックに安香のナレーションが流れた。

『この時間は、人類の未来を育む三宅総研の提供でお送りします』  

 

 


act.3:白葉教授驚く!
「アッチョンブリケーッ!!!!」

 TVモニタを前にした白葉透教授は自らの頬を両手で押さえ、世にも懐かしい驚き方で心の底から驚いていた。
 出会った翌日に屋上へかけのぼり、中嶋千尋を見ることなく落胆し、そして先日千尋を白葉邸の間借り人(と本人は言い張る)として受け入れるまでの経緯……白葉教授本人の赤裸々なプライベートが、どこかでみたようなアングルから、よく知っている人物たちの証言つきで、しかも生番組として報じられているではないか。
 いったいこれはどうしたことか!?
 白葉教授は、傍らで白葉同様茫然としている中嶋千尋を指さして叫んだ。

「ちひっ、ちっちっちっちひ、ちひっ、ちっちっちっちっちっちっちっちっ」

 白葉の愛猫・茄子が、みぃ☆ と一声鳴いて、突き出された白葉の右手の人差指の匂いをくんくんと嗅ぐ。どうして猫を呼ぶときはちっちっちっとやるのであろうかという疑問は、またの機会に譲りたいと思う。

「ちぃひぃろぉぉおぉぉぉおぉぅ! こ、これは! いったい!」

 どうやら、千尋、と呼びたかったらしい。
 その千尋も耳の先まで真っ赤に染めてうろたえるばかりだった。

「あの、あの……あたしにも何がなんだかさっぱり……(・_・;)」

 白葉教授はブラインドの隙間から窓の外を伺った。
 TVのモニタに映っていたように、照明車がA棟を煌々と照らしている。

「か……囲まれているっ!」

 TVには千尋が映っていた。どうやらどこからか隠しどりされたものらしい。キャメラ・アングルは低く、どうやら誰かの膝の上からのようだ。画面の中の千尋の背後に、よく見知っている向かいのナサティーン家の末妹・ヤランがよぎる。

「ああ、これ……透さんにお許しをいただく前は、ジーラさんの家においてもらっていたんです。これ、そのときのだわ」

「この、この視点……これは猫の視点だ。そうだ茄子だ!」

 白葉教授は傍らで夜明け前の空瓶にじゃれついていた茄子を抱き上げた。
 茄子の首に巻かれたクリムゾンの首輪の鈴にあたるところに、何か小さく光るものがついている。

「み、や、け、そ、う、け、ん?」

 それは、三宅教授によって開発された超々微細キャメラだった。
 白葉教授の脳裏に、ここ最近の様々な情景が走馬燈のように蘇っては消えた。どうにもらしくない気がした三宅教授の優しい言葉。茄子を抱くジーラの姿。あの屋上での一件のときの茄子……。
 そう、茄子はあの場にいあわせたのだ!

「いかーんっ!!!!!!!」

 このままでは、あの屋上でのやりとりが総て電波にのってしまう。否、この報道特番はあの屋上のシーンを流すために仕組まれたモノだったのだ。
 千尋の気持ちが嘘でないことは、この数日の間の同居生活で確かめられつつあった。そして今の千尋の反応を見ても、千尋の心にいっぺんの曇りもないことが見て取れる。
 だが、その周辺の人々はそうではなかったのだ。
 笑い者にされてしまう……という恐れより、照れが先走った。あんなシーン、あんなセリフは誰にも見られたくない。あんなオンライン小説はいっぺん読めば十分だ。そう思っていたのに。ここでまた再び読まされて夜中に一人で照れまくるのはもうたくさんだ!

「そうだ。私の魂(アクター)も同じ気持ちであるに違いない!」

 白葉教授はすっくと立ち上がると、断固たる態度でもって決意した。

「報道特番を阻止しなければ!」

 すぐさまヴィジホンを手にした白葉教授は、農業工学科の本部がある農業心理学研究所の緊急連絡室のホットラインを呼びだした。

「エマージェンシー! エマージェンシー! きみっ! いいかねっ! いますぐ手の空いているものを集めてくれんかね! いや、手ぶらではいかん。全員に農業工学科制式野良仕事装備でアーキペラゴ・ステーションの前に集合するように伝えてくれ! これはすべてに優先する! 農業工学科の機動農法の力を私のために貸してくれ!! 頼む(;_;)!」

 

 


act.4:ばーさすっ!!!
 農業工学科の集結地点であるASの正門前には、すでに布陣を終えた三宅総研の特務実験部隊が待ちかまえていた。
 三宅総研の活動資金源は、三宅教授のひらめきと気まぐれから生み出された様々な発明品によるものである。その発明は、前世紀にはSF漫画のネタにすぎなかった成長型ニューロチップから、バイオスフィアJ−U計画における機械制御部の概念理論とエアロック部のパッキンの成型方法に至るまで、驚くほど多岐に渡っている。
 が、そのおびただしい発明品の他に、三宅総研の倉庫にはまだまだ世には公開されていない(もしくはとても公開できない)面妖な発明品の数々が無数に眠っていると言う。
 特務実験部隊とは、そうした発明品を教授の許可を得て倉庫から持ち出し、不幸な被験者に効用を試す役目をおっている。が、多くの場合はこれらの発明品は、不法侵入者への死ぬより辛い刑罰であったり、三宅総研の新人学生が新歓コンパで受ける人生を悟るための洗礼の小道具として使われている。
 去年の9月に三宅総研の門をくぐり、1カ月目の新歓コンパの晩に研究者の悟りの境地の甘い味を知った1年生は、うきうきした声で目前に並べられた数十種類の発明品を、いとおしそうに見て言った。

「うははははははははははははははははっ! いやー、先輩。いっぺんにこんなにたくさんの発明品を試すのって、僕初めてなんですぅ!」

「うははははははははははははははははははははははははははははは! 後輩! まだまだ甘いゾ! 今日は教授から特別なお許しがでてだな、倉庫の中身半分まで持ち出していいそうだ。今、輸送の奴が追加を取りに戻ってるトコロだ」

「ええっ。それじゃ、それじゃケタひとつ上で数百くらい試せるんですかぁっ!?」

「ふふふふっ! 甘い、甘いぞ! ケタふたつ上……数千の単位で試せるぞ! 今宵は新月。ふははははははははははは! 腕が鳴るわっ!」

 夜の運河をホバー・トラックが列をなして近づいてきた。農業工学科制式野良仕事装備に身を包んだ農業工学科の学生達が、続々と集まってくる。

「きたな、雑兵ども! 三宅教授と白葉教授の手駒同士がコトを構える機会は滅多にないが……が、だ。たとえ、どんなに個人武装しようとも、所詮は百姓上がりの足軽よ。この三宅総研の近代工業力の前に恐れをなせ!」

 特務実験部隊が三宅教授の面妖な発明品を構えると、農業工学科の一群がモーゼが海を割るかのようにさっと引いた。そして、あたりに響きわたる東宝自○隊のテーマ曲……。

「なっ、なんだ!? メ○サー車でも繰り出してきたか!?」

「いや、違います。あれは、あれはーっ!!!」

 農業工学科謹製・コードネーム「野菜砲」。正式名称はスクリューレールガン。
 記憶に新しい農業工学科VS航空研の「お隣さん騒動」の際に登場したこの兵器は、農業工学科が対航空研用に三菱重工へ発注した特注品で、手元の資料によれば、

 しかも西瓜だけでなく馬鈴薯、キュウリ、白菜などの四季折々の野菜も楽しめるように改良を加えられている、という。

「あれが伝説の野菜砲か。とうとう一度も火を噴く事なく終わり、そのポテンシャルは確認されていないという……」

「先輩、やつらあれを使ってくるでしょうか」

「くるさ。使わなければ我々の布陣を突破することは出来ない。否、たとえ使ったとしても、三宅教授の発明品は完璧だ!」

 かくして三宅総研VS農業工学科の激闘の幕は切って落とされ、面妖な発明品と取れたて春野菜の応酬が始まった。

 ところでプログラマの間に古くから伝えられてきた言葉に、こういうものがある。

『正しいプログラムは動作するが、動作するプログラムが正しいとはいえない』

 三宅教授の発明品が完璧に動いたからといって、役に立つとは限らない。
 それを忘れていた、三宅総研特務実験部隊側にわずかな隙が出来た。

「のわーっ!」

 発明品のひとつ「自爆装置強制作動装置」が完璧な作動をみせ、特務実験部隊の右翼の発明品の自爆装置が一斉に作動した。すべての発明品に自爆装置を完備する三宅教授の徹底主義が裏目に出たのである。
 幸い右翼に配布されていた発明品は、文房具と調理器具系の小物ばかりだったので部隊全体の瓦解には結びつかなかったものの、大きな痛手となったことは事実だった。

「あそこだ! あの右翼のいちばん薄いところを集中的に狙え!」

 どこかの宇宙艦隊のぬぼーっとした作戦参謀みたいな白葉教授の命令を受けて、野菜砲の砲身が右翼に鋭くも瑞々しい人参を打ち込んだ。
 自爆装置強制作動装置の洗礼を受け、発明品の補充に手間取っていた特務実験部隊右翼は、野菜砲の人参によって壊滅的ダメージを受けた。それを狙って、機械仕掛けの闘うお百姓さん・白葉教授が切り込んできた。

「ゆくぞ!」

「突入隊! 白葉教授に続けーっ!!」

 かくして、三宅総研VS農業工学科の戦闘は絶対的優位であるはずの三宅総研を、白葉教授の愛(とその結晶の野菜さんたち)が覆す形となった。堰が蟻の穴から崩れるように、鍬と鋤をかついだ突入隊が切り込んでいったあたりから、部隊戦は次第に乱戦に移っていった。

 それにしても、近所の人々にとってはいい迷惑である。

 

 


act.5:クライマックス!
 調整室のモニタに、AS玄関前で繰り広げられている三宅総研VS農業工学科の激闘が映し出されていた。
 番組はすでに後半にさしかかっている。途中二度ほどヤリダンスが入り、スタジオ内のスタッフが槍持って腕突き上げて踊り狂う姿が見られた。
 このとき、視聴率はすでに60%を超えていた。

「ここで、白葉教授率いる農業工学科勢と、当番組スポンサーの三宅総研特務実験部隊による特設AS守備隊の攻防に関する続報をお知らせします。
 番組開始後からASへつめよってきた農業工学科ですが、つい先ほど三宅総研の防衛線を突破したという知らせが入りました。現在、AS局内各所に配備された三宅総研特務実験部隊屋内班による最終防衛線との闘いが繰り広げられている模様です。
 ……映像、入りますか? 大丈夫? つないで下さい!」

 モニタがAS局内各所に仕掛けられたキャメラに切り替わった。先頭を走る白葉教授が、二刀流の宮本武蔵の如く両手に持った鍬と鋤を器用に振り回し、「峰打ちじゃあっ!」と叫びながら三宅総研の迎撃を返り討ちにしながら突き進んでいる姿が映った。
 スタジオで闘いの模様を肴にいっぱいひっかけていた三宅教授が呟いた。

「うーむ、歳の割にはやりよるのう。無理しおってからに……」

 しかし三宅教授は白葉教授より年上である。

「それにしても……むう、思ったより白葉の進撃が早い。これも愛のなせる力か」

 照れのなせる力であった。

「安香くん。そろそろ奴がくる。切札を出そう」

「わかりました、三宅教授!」

 根戸安香の合図を受けて、キャメラは再びスタジオの安香を映しだした。

「ご覧のように、白葉教授はこのスタジオを目指して驀進中です。
 さて何が、いったい何が白葉教授をここまで駆り立てているのでしょうか。今日の番組を振り返って得られる答えは、愛。
 愛が、白葉教授を突き動かしている。それがAS特別取材班の得た結論です。
 我々取材班のこの結論を裏付けるべく、我々の得たその確証を今、皆さんにご覧にいれます!」

 スタジオの照明が消えた。
 モニタに映るのは、数日前の東京湾を染めた黄金色の夕暮れ……。

『ちひろ――――――っ!!! なす――――――――っ!!!』

 両手に大根とゴボウを握りしめ、汗まみれで屋上に躍りでる白葉教授。教授を見おろす茄子の視点。
 教授の前に降り立つ中嶋千尋の姿が、黄昏の中にシルエットとなって残浮かび上がる。

『あたし、あなたの……』

『……部屋においてあげるから』

 そのときだった。
 スタジオのドアが勢いよく開いて、白葉教授とそれに引きずられる三宅総研の守備隊員十数名がスタジオ内になだれ込んできた。

「放映させん、させんぞおおお!!(;_;)」

 なだれ込んで転んだ拍子に、引きずってきた十数名の下敷きになった白葉教授は、なおもずりずりと身をよじりながら呻いた。

「白葉くん。君の『愛』の告白のシーン。今、見せてもらったところだよ。この感動を群島中の人々と分かちあっとる」

「間にあわなんだかぁ……(;_;)」

 白葉教授の目と鼻からはヘチマのように涙と鼻汁が吹き出し、その顔は完熟トマトのように真っ赤に染まった。
 スポット・ライトが二条さしてきた。
 ひとつはなだれ込んだ人の群れの下にいる白葉教授に。そしてもうひとつが、仕掛け人・根戸安香の安堵の、そして感動の表情を照らしだした。
 安香の表情に嘘偽りはなかった。

「いえ、間に合いました。白葉教授は疾走し、そしてあらゆる障害を超えることができる『想い』が確かに存在することを、私達に教授ご自身が証明して見せて下さいました。
 教授がこのスタジオへと命を賭して、そして想いの総てを背負って現われて下さったこと……それが、この特番の得た結論を断固たるものへと昇華させる最良の最上の証明であり、あなたとそして」

 三つ目のスポットがスタジオの反対側の入口をさした。そこに立っていたのは……やはり耳の先まで真っ赤に染めた、中嶋千尋の姿だった。

「中嶋千尋さんの想いが共鳴しているってしるしだと思うんです。教授、あなたはメロスです。メロスは……メロスはやっぱり走り抜いてくれたんです!」

 教授の目から、涙がさらに溢れ出した。その涙の意味も少しは変わっていたのかもしれない。
 歩み寄る千尋のスポットと白葉教授のスポットがひとつになった。
 安香は千尋の震える手と、未だ床に倒れたまま千尋を見つめている白葉教授のごつい百姓の手をそっと重ね合わせ、眼鏡の端をこすりながら言葉を続けた。

「白葉教授、そして千尋さん。すぐに結婚しろ、なんて無粋なことは言わない。籍を入れるの入れないのなんて小さなことだもの。いつまで生きるかとか、そんなことはわからないけど、二人で行ける所まで一緒に……頑張ってください!」

 千尋は安香を振り向いた。そして、人間がその生涯で幾度たりとも見せることが出来ないであろう、心の底からの笑顔を浮かべた。
 その表情を2番キャメラが捉える。

 ADが指を1本突きだして、モニタにエンディング・ロールが入りはじめる。
 安香は、白葉教授の前にマイクを差し出して訊ねた。

「白葉教授、今のお気持ちは?」

 教授は日に灼けた太い腕に千尋をかき抱いて、呟くように言った。

「……幸せはこれから始まるのだ」

 すべてのライトが消え、スポットが再び安香だけを浮かび上がらせる。

「報道特番をお送りしました。ごきげんよう」

 

 


act.6:本番終了後……
 さて、この感動的報道特番『街に流れた噂は本当だった!! 白葉透農業工学科教授(45歳)に訪れた数十年ぶりの遅い春の真相が今夜明かされる!!』には、短いながら後日談らしきものがある。

 番組そのものは最終的に71%という、ゴールデンタイムだったとしても考えられない化け物じみた視聴率を記録し、その月の情報誌・業界紙を賑わせた。実力至上主義で結果評価が年功序列より優先する洋上大学の慣例にのっとって、根戸安香はこの番組の功績でディレクターとしての才覚を広く認められに至った。
 話が大きくなるというあたり、兄・根戸宏の手法と通ずる部分も少なくはないが、この報道特番は「感動・バラエティ・エンターティメント・ドキュメント」のすべての要素を満たした娯楽番組として高く評価され、ASから番組の全容がLD化されて売り出されこれまた高業績を残すなど、後々までその影響は様々な方面へ波及していくことになる。
 また、安香個人は三宅教授にたいそう気に入られ、『次に何かやるときはワシもぜひ混ぜるように! 三宅総研はすべての面で君とその番組を支援するぞ』とのありがたい協力を受けることまでできた。
『ポップ(死語)でキッチュ(死語)なディレクター』の地位を確立することに成功し、強力なお得意様スポンサーを手に入れた21世紀のシンデレラ・ガールとなった安香は、さらなる強力企画をASで展開すべく邁進している。

 三宅総研VS農業工学科の闘いは、洋上大学史に残る「研究成果の実験合戦」となった。日頃、三宅総研の倉庫深く寝かしつけられている発明品の数々の半数近くの稼働実験がこの闘いで行なわれ、そのほとんどが完璧に作動することを証明したが、やはりそのほとんどがやくたいもない機能であったことも証明された。
 三宅総研が工業力で圧倒的な優位を誇るのでは……と誰もが予想したが、野菜砲を始めとする農業工学科の「機動農法の底力」ねばり強さと、最新科学農法の成果と青果の達成度も証明され、闘いが無駄でなかったことを明らかにしていた。
 実際、どちらが勝ったかという勝敗の話になると曖昧で、途中でアホらしくなった三宅総研の3年生と、疲れて休んでいた農業心理研の3年生の中に、小学校の幼なじみがいたことが判明。突発同窓会が起こり、そのまま宴会の和が広がって闘いはいつのまにやら宴会へと変貌していたため、トップ会談(もちろん酒が入る)によって、試合は「ノーコンテスト(没収試合)」となった。
 まぁ、付近住民の多くも深夜の戦闘(?)を観戦しながらの酒盛りで盛り上がっていたため、特に目だった抗議の電話もなく、三宅総研・農業工学科双方は一人の死傷者も出すことなく事なきを得た。こんなことで死んでしまっていては馬鹿馬鹿しくて目も当てられない。

 白葉教授と中嶋千尋の関係はどう変わったか。否、発展したか?

 それは、縁島の公営住宅・縁島団地を訪ねてみなければわからない。
 どうやら、特番前とあまり変わらない状況に落ちついたようではあるが。
 白葉教授は特番の後ほんの少し白髪が増えたが、相変わらず「逃げ」と「照れ」の絶妙のコンビネーションは変わっていないらしい。

 善哉、善哉。

 

 

 

 


act.E:番外:その後の白葉家
 報道特番の夜が空け、祭は終わりを告げた。
 すべてを整理してみると、白葉教授の疑問がするすると解けていった。
 番組そのものが三宅教授のしかけた罠であったこと、ジーラと三宅教授は当然の如くグルだったということ、中嶋千尋は航空研の雅命星子の操縦によるヘリでASの屋上からスタジオに連れてこられたのだということ。
 そして、メロスのごとく一度は……いや当然というべきか……根戸安香のクライマックスでの言葉も疑った白葉教授だったが、後になって三宅教授からあの安香の言葉がすべて彼女自身によるアドリブであったこと、そしてあの日あの時あの瞬間、安香の言った言葉すべてが真実だったことを確かめて、また少し照れてしまうのだった。

「透さん☆」

 千尋は前よりずっと抵抗なく甘えるようになった……気がする。いや気がしているだけで以前とちっとも変わっていないのかも知れない。それだけ抵抗なく千尋を受け入れられるようになった、ということだろうか。
 ……あの後しばらく『幸せはこれから始まるのだ』という言葉が流行になり、さすが吉田栄作・若かりし時代に青春を送った人は違いますなと見当違いの感想を言われて白葉教授はずいぶんと閉口していた。

「透さん。幸せは、これから始まる……んですよね?」

「……(^_^;)」

 やはり、今までとあまり変わっていないのかもしれない。だが、本当は少しだけ二人の距離が近くなったことを、ストーリーテラーの楠原さんは知っているんだよ(^_^)


報道特番のタイトルに戻る->
江古田GLGの玄関口に戻る->

(c)1992,1999楠原笑美.