Act6-1;王者の敗走
「企画調整局長の諏訪を呼んで頂戴」
ヴィジホンにそう言い放って、渚は唇を噛んだ。
佐々木建設の社長就任式はすでに目前に迫っている。西崎という大きな駒を失って、すでにその社長人事に介入するためのパイプをDGSは失ってしまっていた。
退くか……。
それともこのまま押すか……。
ふたつにひとつ。DGSの今後の極東での事業を方向付ける大きな選択を、今、渚は自らに強いていた。
「佐々木副社長にお会いしたいのですが……」
佐々木建設本社受け付けに、その女が現れたのは7月10日の午後一時過ぎだった。
「……佐々木副社長は二名おりますが、浩二副社長に御用でいらっしゃいますか?」
「いえ、次期社長の佐々木義一さんに是非ともお取次をお願い致します」
そう言われて、受け付け嬢は面会予定のノートをめくった。
一目でオーダーメイドと分かる品のいいコーラルピンクのスーツに身を包んだ非のうちどころのないお嬢様といった風情の彼女を、受け付け嬢はいぶかしむ様な目で見つめる。どう見ても、まだ二十歳そこそこという若さなのだ。
佐々木建設の副社長に面会を申し込むような立場の者とは思えなかった。
「アポイントメントはおとりになっていらっしゃいますでしょうか?」
今日の午後の義一のスケジュールはすでに満杯の状態である。
そしてそのどれもが、関連会社の重役との……社長就任を目前に控えた打ち合わせや挨拶などだった。訪ねてくる客はすべて、受け付け嬢にとっても「見慣れた顔」であるはずなのだ。
あるいは、義一の親戚筋に当たる娘か、とも考えたが、そんな予定は今日のスケジュールには組み込まれていなかった。
怪訝そうに初対面の女を見つめて、受け付け嬢は不安そうな表情になった。
「いいえ。お約束はありません。……ですが、是非とも緊急にお目にかかってお伝えしたい事がございますので、取次をお願いしますわ。私は、DGS極東支部企画調整局長諏訪操です。今日はDGS極東マネージャー椎摩渚の名代として伺いました」
DGS、という言葉に受け付け嬢の表情が強ばった。
自分より若い操が、「企画調整局長」などと言う厳めしい役職を口にしたので、受け付け嬢は言葉を失った。
世間知らずなお嬢様としか見えない彼女の容貌を見つめて、しばし唖然とした表情を浮かべる。
「……申し訳ありません。ただ今副社長に取り次ぎます。ですが、義一副社長はお約束のない方とは滅多に面会いたしませんので、お時間がとれるかどうかちょっと分かりませんが、よろしいでしょうか?」
「ええ。待たせて頂きます。……そのつもりで伺っていますから」
そう言って受け付け嬢に軽く会釈すると、操は案内されたロビーのソファに腰を降ろした。
高槻が死亡したあとの義一の臨時の秘書となった粕屋由比子が、義一のオフィスに操を案内したのは、受け付け嬢から、
「DGS企画調整局長の諏訪操様が、椎摩渚様の代理で緊急にお会いしたいと仰っています」
という連絡が入ってからわずか三十分後のことだった。
義一がこういう形でアポイントメントのない来客との面会に時間を裂くことは滅多にない事である。
「……で? どういうご用件です」
型どおりの挨拶を交わし、義一は操の顔を見つめながら彼女の向かいに腰を降ろした。その義一の背後に、ボディガードであるマイヤーが立つ。
「ずいぶんと厳重な警戒ぶりですのね。……私があなたを暗殺しに伺ったように見えまして?」
そう言って、操はくすりと笑った。
まだ少女と言った方がいいような、邪気のない表情である。
椎摩渚や神野麗子を通して感じとった義一のDGSへの感触と、その操の笑顔はどこかそぐわないものがある。
ただそこに座っているだけならば、社会勉強のために入社しましたとさらりと言ってのける、良家の出のOLとも見間違えそうな風情なのだ。だが、義一を見つめる操の目には、彼女がただの「お嬢様」などでは有り得ないのだと感じさせる確固たる意志の存在があった。
そしてその義一と対峙して、諏訪操も……書類に書き連ねられたデータだけからではどうしても感じとる事のできない義一の強い意志を感じていた。
ただ佐々木辰樹の長男として生まれた事が、この男を佐々木建設社長の座に導いているのではないのだと……そう思えるだけの何かが義一にはあった。
(やはり……この男は傀儡に成り下がるタイプではない)
表面上は穏やかな表情を作ってはいても、義一の刺すような鋭角的な印象は覆い隠す事はできない。
そのびりびりと張りつめた緊迫感を感じながら操は小さく一度息を吐いた。
操は謀略を得意とするブレインではない。むしろ、危ない橋を渡る駆け引きは好むやり方ではなかった。
彼女がこうして対外的な争いの表に出てくるのは初めての事だ。
だがこうした場に出たとき……神野麗子やチャン・リン・シャンがそうであるように、もっとも的確でもっともDGSらしい態度をとることができる。自分自身の手でこれまで着実に固めた足場の上に立っている事が、諏訪操にこれ以上ないだろう自信を与えていた。
「もちろん、バイオスフィア計画のことですわ」
そう言って、操は一通の書類をバッグから取り出した。
びっしりと文字の印刷されたプリントアウトなのだということは分かるが、そこに書かれているのが何であるのかは、義一からは見えない様、テーブルに伏せられている。
「昨日までに貴社から我がDGSに鞍替えした下請け各社のリストです。これでバイオスフィアどころか佐々木建設の経営は崩壊する事になるわ」
「ほう……DGSに鞍替え、か」
義一は表情ひとつ変える事なく言葉を返した。
操の言葉が単なるハッタリなどではない事は義一にはすでに分かっていた。実際、下請けではなく「下請けの下請け」に当たる小規模な企業の数社が、新社長就任を機会に佐々木建設とのつき合いを断ってきているのだということは義一の耳にも届いている。
辰樹は実業家として優れた手腕を持った人材であったが、完璧な人間だった訳ではない。
新しい人材、優れた能力に正当な評価を下し、年齢や経歴を度外視して次々に成果を上げた辰樹の経営方針の裏で、弱小企業が泣かされてきた現実は歴然たるものなのだ。そうした連中が、巨大な資本を持つ巨大企業グループからの誘いに飛びつかないわけはない。
だが、操の言葉に嘘がなかった訳ではなかった。
どの会社もまだ完全にDGSに鞍替えする事を決定してはいないのだ。口約束はできていても、正式の書類はなく、
「良いお返事を待っています」
と打診している状態だった。
もちろんその手ごたえがDGSにとって好意的なものだと判断したからこそ操がこうして佐々木建設を訪れているのだが、その結論はまだ出てはいないのだ。
「……それでも、DGSからの申し出を受けるお積もりはなくて? 今なら、相応の値段で佐々木建設をDGS建設に合併する用意があるわ。佐々木浩二氏を社長に、そしてバイオスフィア計画をDGSに譲るというというのがこちらの最低条件です。もちろんあなたにも、それなりの地位を確保した上で……。いかがでしょう? 決して損なお話ではないと思いますが……」
操はスーツのポケットに入れてあった小型のライターを取り出して手の中でもて遊んだ。
その仕草を見つめて、マイヤーの表情がこわばる。
「残念だが、諏訪さん。私は弟を社長にするつもりはないし、弟にもそんな意志はない。それはすでに臨時株式総会でも決定した事柄だ。私は今週末の就任式で正式に佐々木建設社長となる。そして……バイオスフィア計画を手放す積もりはない。椎摩さんにお伝え願いたいな。これ以上の介入は無駄だと。DGSが今後どんな手段を講じる積もりかは知らないが、こっちにも戦う準備はある。正々堂々と、公の立場でだ。私はただ父の尻を追う後継者となる積もりはない。いずれ……そう遠くはない将来、佐々木建設をDGSと正面から渡り合える総合企業に育て上げてみせる」
その義一の力強い言葉に、操は再びくすり、と小さく笑いを漏らした。
義一の顔の前にライターを握った手を突き出し、炎をつける。
背後のマイヤーが身構えるのを義一はその気配から感じとり、手を上げて彼の動きを制止した。
「大した覚悟でいらっしゃること……。分かりましたわ。あなたが愚かなほど強情な性格だとうちの椎摩に伝えます。そして、今後は心してかかってくることですね」
そう言い放って操はテーブルの上の書類を手にとり、ライターの火で焼いた。
炎がその文面のすべてを焼き尽くすのを待って、炎に包まれた書類を床に投げ捨てるとソファから腰をあげる。
絨毯を焦がす炎には一瞥もくれずにきびすを返し、義一のオフィスをあとにした。
(DGSはバイオスフィアからの撤退に踏み切ったのか……)
その後ろ姿を見つめて、義一は小さくため息を漏らした。
バイオスフィア計画からの撤退――それはDGSにとって、決して望んだ結末ではなかった。
だが、DGSの目的はバイオスフィア計画を佐々木建設から奪うという、そのちっぽけなものに限られてはいない。極東への進出。この日本に広い市場を開拓することこそが真の目的なのだ。バイオスフィア計画は、その一端にすぎない。
確かに極東進出の第一歩を飾るのにバイオスフィア計画は格好の素材であり、DGSが総力を上げて支援する価値を持つ大事業である。しかし、その一事業に捕らわれる余り、敵を増やし、企業としてのイメージを悪化させることはできない。
だから……椎摩渚は決断したのだ。
バイオスフィア計画からはDGSは完全に撤退する、と――。
この人工群島に根を降ろし、現在ある佐々木建設など業界大手の企業の上に立つ存在となるためには……洋上大学は決して敵に回してはならない存在なのだと、椎摩渚は痛感したのだ。
諏訪操の投げ捨てた書類は、すでに黒い燃えかすとなって床に転がっていた。難燃性の絨毯はその表面をわずかにこがしただけで、炎が燃え移るようなことはなかった。
だが、DGSの投げかけた火種は、この小さな炎のように佐々木建設を焦がしただけで終わりはしない。
佐々木建設が、「宇宙をめざす総合企業」として新しい一歩を踏み出すその時から……また彼らとの戦いが休むことなく続くのだ。
「ご苦労だったな、マイヤー助教授。誘拐事件の時に契約を破棄すると言った私を、今日までガードしてくれたきみの功績は忘れない」
だが、そう言って振り返った義一を見つめて、マイヤーは首を振った。
「敵は、DGSだけではないはずだ。佐々木辰樹前社長の葬儀の時、乱入してきた環境保護団体のことを忘れてはいるまい? 私は自分の仕事を中途で放り出す積もりはないと、何度も繰り返してきたはずだ。金を受け取った以上、最後まで佐々木義一を守り抜く。私の仕事は、まだ終わってはいない」
「……頑固だな」
マイヤーの堅い表情に、義一は苦笑を漏らした。
「こうじや」奥の四畳半。
締め切ったところでたかが知れている作りの室内で、がーがーうるさいだけの古いクーラーが、向かい合って座った二人の会話を遠くしている。
二人……とはもちろん、隠密漫才コンビの坂井と中川である。
「結婚だってば」
おちゃらけを言っている割に真面目ぶった坂井の顔を見つめて、中川が訂正した。
「誰がです」
「俺」
「幸子さんと?」
「……誰だよ、その幸子ってのは」
「違うんですか? じゃあ、亜由美さんとか、静香さん?」
「俺がオフィコン全部に手をつけてるとでも思ってやがるのか」
中川の額には、すでにうっすらと青筋が浮き上がっている。
だが、そんなことなどまるっきりお構いなしに、坂井は熱い茶をすすった。
「まあ、五平餅でもどうです」
「……こういう状況で五平餅が食えるほど、あんた信用できる人格か?」
「で? 美和子さんとのお式はいつなんです(^_^)」
「五ヶ月も前に一回つき合っただけの人妻となんで俺が結婚しなきゃなんねんだよ」
「……あなたも節操がないですね」
「てめえ……。しまいにゃ隣の後家さん犯すぞ」
「………………」
坂井の表情はいつも通りの――温厚そうな笑顔だったが、怒りに満ちたオーラがその周りをおどろおどろしく縁どっている。
……人間、どう追いつめられても決して口に出してはならないことのひとつやふたつはあるものなのだ。
「いや、その……だから違うんだ。俺は真奈美と……」
「真・奈・美?」
「そうだよ。俺は真奈美と結婚するって言ってるんだ」
「いつ?」
「来週くらい……」
「………………来週?」
「急な話だとは思ったけど……いろいろ事情もあって……」
「いえ、事情はいいんですよ。ただ、いえね……私ももう年なんで、物忘れも激しくて。高校を卒業するまでは指をくわえて何とかって誰かが言ってたよう気がね……。いえ、気のせいでしょう。年よりのたわごとですよ。聞き流して下さい。……で、誰とご結婚なさるんですって?」
「……あんたもよくよくねちっこい性格してんな」
「あなたがさっぱりすっきりし過ぎてるんですよ。結婚? いつ、どうやって決めたんです。その辺の経緯を詳しく聞かせてもらおうじゃありませんか」
「えー、あー、昨日……だな」
「真奈美くんと飲みながら……じゃ、ないでしょうね」
「……」
中川の表情が、一瞬凍り付いた。
「図星ですか。そんなこったろうと思ってはいたんですよ。もう少し、常識ってものを考えて下さらないと困りますね。真奈美くんはまだ十六歳ですよ。第一、私を相手におちゃらけを言う前に、話すべき相手はいくらだっているでしょう? 真奈美くんの母親でも、義一さんでも……」
「今朝、真奈美のかーちゃんから祝電が届いてたんだ」
「………………はい?」
「『結婚おめでとう。ウェディングドレスは任せてね』。俺、非常識にはちょっと自信があったけど、さすがに目を疑ったぜ」
「近ごろの若い母親のする事は……」
中川に賛同するように、茶碗を握ったまま坂井はがっくりと頭を垂れた。
そういう女とどんな顔をして辰樹がつき合っていたのか……考えただけでも頭が痛くなってくる。
(だから女好きもほどほどにしろって言ったのに。私が何を言おうと、辰樹は一度だってその助言を受け入れはしな……いや、一度くらいはあったっけ?)
「……」(考えている)
「………………」(まだ、考えている)
(いや、一度だってありはしない)
「……ところで、どうして明後日なんです」
深いため息を一度もらし、坂井は改めて中川を見つめた。
「……いや、要するにあんたのトコに話を持ってきたのは、だから、なんだよ。つまりなあ、認知がされてないとは言え、真奈美は父親の喪中だろう? あんまり派手な事するのもどうかと思ってさ。あいつの学校の事とか、いろいろ問題は山積みだし……。それにどうせ一緒に住みはじめちまってるんだから、今更式だ披露宴だってのも、なあ?」
要するに、照れているのである。
「まあ、だからって紙っぺら一枚役所に出すだけってのも、あんまりだろう? 俺はともかく、真奈美がさ。で、式場借りて正式になんとかってんじゃなく、どっか適当な店を借り切ってパーティでもやってって……そういうことになったんだ。一応、義一の旦那が今週末に社長に就任するからそれまでは待って……、来週の頭にでもと。で、問題は……その義一の旦那のことなんだよ」
「そりゃあ、そうでしょうねえ。彼は潔癖な性格ですから、社員に手をつける人材派遣会社の社長を大目に見てくれる親御さんのようには行きませんよ」
「……………………」
その坂井の一言は、中川を海底二万マイルまで沈没させるのには充分すぎるほどの威力を持っていた。
佐々木建設は辰樹が社長だった頃からゼロワンSTAFFの一番の得意客と言ってもいい企業なのである。常時十数名のオフィコンを受け入れてくれる東証一部上場企業など、他にはまずないだろう。
「五平餅なんか気安く食ったりしないで、名刺屋に肩入れすれば良かったかも知れない……」
「何を言ってるんです。あなたがその名刺屋さんを相手にうまく立ち回ってDGSにオフィコンを送り込む算段を練っている事くらいお見通しですよ」
「……やだなあ、坂井さん。人間、そう懐疑的になるもんじゃないですぜ」
「じゃあ、違うと言えるんですか? ゼロワンSTAFFはDGSとは今後いっさいつき合いを断つと」
「……」
「……でしょう?」
「新婚そうそう食い詰めてたまるか。女ってのはいろいろ金がかかるもんなんだよ」
「いろんな女に金がかかるの間違いでしょう」
「真奈美が浮気を許してくれるほど可愛い奥手娘の訳がないだろう。……俺だって生命は惜しいよ」
「何をのろけてるんですか……。仕方ありませんね、まあ、そういう事なら私が義一さんに何とか話してみますよ」
「ああ、頼む。真奈美は一度義一の旦那に会いたいと言ってる。ま、いろいろややこしい問題はあっても兄弟だもんな? その辺の事も少し探ってみてよ。あの旦那、就任間際で忙しいとは思うけど……」
「分かりました。で、その代わり、と言っては何ですがね」
「え?」
「…………まさか私が無償であなたの将来の為に動いてやるほどお人好しだなんて思ってませんよね? 中川さん」
坂井の表情には、以前見た記憶のある、悪魔の微笑が浮かんでいた。
そしてその頃、アブシンベル縁島503号室――つまりゼロワンSTAFFのオフィスの隣室である「中川夫妻の新居」では、新しく引かれたばかりのヴィジホンで真奈美が手あたり次第に電話をかけまくっているところだった。
もちろん、結婚式の式場の確保と、友人知人への有無を言わせぬ「パーティに来てね攻撃」の為である。
「……そんな突然言われても都合が……」
と、口にした者だってもちろんいる。
だがそうした連中も、
「だって真奈美の一生に一度の晴れ舞台なのよ。○○さんが来てくれなかったら、奈美、どうすればいいの?」
という真奈美の言葉には勝てず……六割に近い確率でパーティへの参加を(無理矢理)承諾させられた。やはり、真奈美はただ者ではない。電話をかけたのが真奈美でなく中川だったとしたら……ずいぶん安上がりなパーティになっていた事だろう(^^;)。
「グレちゃーん、電話ですぅ。ゼロワンSTAFFの日下部さんって女の子から」
オフィスに響き渡るその声は、通常「電話番」と呼ばれるオフィコンの女が発したものだった。
オフィコンと一口に言ってもその内部には歴然とした差が……インドのカースト制度のごとく歴然と存在している。すでにオフィスコンパニオンという業種は業界でも珍しいものではなくなっているのだ。
となればいくら「元祖」の看板を掲げたところで信頼と豊富な品ぞろえで勝負をかけてくる大手派遣会社に弱小貧乏会社のゼロワンSTAFFがかなうわけはない。
ちなみに、この佐々木建設にも常時十数名のオフィコンを送り込んでいるゼロワンSTAFFではあったが、その需要は「茶運び娘」に限定されている。ゼロワンSTAFFのオフィコンが、他の企業ではともかく佐々木建設でコピー取りを言いつけられ、電話を取ることを許されるなどということは有り得ない。そういう「エリートオフィコン」はすべて吉沢派遣を初めとする大手の人材派遣会社から送り込まれてくるのだ。
アーマスが見たところ、吉沢派遣から来ている「電話番オフィコン」もゼロワンSTAFFから来ている「茶運びオフィコン」も劇的な差はない。どちらも同じようにあーぱーそうで遊び好き……そのくせ大企業に就職したいと考えているのが見え見えの「オフィコンくらいしか就職口のなさそうな」イケイケ女たちばかりだった。
実際、中川の唾がついているかいないかくらいしか差はないのかも知れない(^^;)。
まあ、オフィコンに関する御託はひとまずこっちに置いておくとして、真奈美からアーマスに掛かってきた電話である。
「真奈美……? なんかあったのか?」
自分のデスクに通話を切り替えてモニターのスイッチを入れる。そのモニターに映し出された真奈美の真剣そのものといった表情を見つめて、アーマスは言葉を詰まらせた。
なにか重大な事件でも起こったのか……と思ったのだ。
「グレちゃん、なかなか連絡つかないんだもん。せっかく一番に報告しようと思ったのに最後になっちゃったよ」
「報告って……何を?」
「来週の月曜日ねえ、結婚式なのー」
「結婚式って、誰の」
「奈美と克ちゃんに決まってるじゃない。絶対来てね。来てくれるでしょう?」
「………………」
アーマスはモニターを見つめたまま唖然としていた。いわゆる、返す言葉を失ったと言う状態である。
「明後日? 結婚?」
「それからね、香南にも連絡とりたいんだけど、グレちゃんの部屋にいないみたいなの。どっか心当たりある?」
「……あの社長と、結婚?」
「香南、まさかもう行商始めてるのかなぁ。怪我だって完全に治ってるわけじゃないのに……。グレちゃん聞いてる?」
「真奈美……考え直した方がいいぞ。あいつは絶対女の敵だ」
「そんなことありませんよー。克ちゃんはかっこいいんだから。ね、それより香南知らない?」
いつの間に「社長さん」が「克ちゃん」になったのかは謎である。
(止めても無駄だな、これは……)
というのが、ヴィジホンのモニターに映し出された真奈美の満面の笑みを見つめてアーマスがため息とともに漏らした言葉だった。
「香南なら今日は抜糸に行っているはずだけどな? いつまでも病院に来ないって苦情の電話が掛かってきたから……」
「そっかー。じゃあ夜になれば戻ってるかな。病院脱走してからもずっとグレちゃんのところに居候してるんでしょう?」
「してることはしてるけど……相変わらずふらふらしてるからなあ。今夜帰ってくるかどうかは分からないぞ」
「じゃあ、グレちゃん見つけたら香南に伝えてね。絶対来い、来ないと絶交だよって言っておいてね。あ、そうだ。マイヤーさんにもそう言っておこうっと。じゃあ、お仕事早めに片づけておいてね。遅刻したら罰金よ。会場はね、SNSのラウンジを借り切れるように三日月さんが手配してくれたの。一時からだからね。じゃあねっ」
機関銃のようにそう早口で言い放つと真奈美は一方的に通話を切った。
「社長と真奈美が……結婚……?」
開いた口がふさがらないとはこのことだった。
「……しかも……来週の月曜……?」
カレンダーを見つめ、そしてさらにその視線をデスクに山積みにされたファイルに移す。今日はすでに木曜日である。
絶望的だった。
ただでさえキャノンボールレースを目前に控えて史上空前の忙しさなのである。そのうえこれまでスパイ活動にいそしんで仕事をないがしろにしてきたしわ寄せとばかりに山のような作業が襲いかかってきている。
しかし、佐々木ファイブの一員として短いながらも同じ戦いに身を投じた仲間として、結婚式を欠席するという訳には行かない。
アーマスは義理堅い性格なのだ。
しかし、そんな状態であの底意地の悪い部長が、
「早退したいんですけど……」
なんていうアーマスの願いを聞き入れてくれるだろうか……?
いや……たぶん無理だ。
「派遣会社の社長が結婚? それも来週の月曜……。うんうん、人の縁は大切にしたいもんだよねえ、グレブリー君。早退したい? 構わんよ」
とりあえず言うだけは言ってみようという諦めきった心境で部長に話を切り出したところ、思いもかけず笑顔の返事が返ってくる。
(この人も……仕事の鬼じゃない。良かった。これで社長と真奈美の結婚式に顔を出せる)
「もちろん、仕事はそれまでに上げてくれてるんだろう?」
ほっと安堵のアーマスに、畳み掛けるようにそんな言葉が浴びせかけられた。
「え゛……」
一瞬、アーマスの表情が凍り付いた。
「それまでにって……あれを……全部?」
「勿論だよ。なに大丈夫、きみの能力ならすぐに片づくだろう? ああ、物足りないというならいつでも声をかけてくれ。仕事はまだ、いくらでも用意できるから」
そう言って、いつもは眉と眉の間に険しい皺を寄せて端末のモニターを睨んでいる部長がいつにない上機嫌な笑顔を浮かべた。
アーマスがこの部署に派遣されてきて以来、こんなうれしそうな部長の表情を見たことはない。
(………………部長は、断じて仕事の鬼なんかじゃない……)
ここでなにかを言えば相手の思う壷だ。結婚式への出席は絶望的なものとなり、昼休みの外出を禁止されて軟禁された挙げ句、仕事を倍の量に増やされるのが席の山だ。
喉まで出かかった悪態を飲み込んで自分の席に戻る。
今夜も……明日の夜も……明後日の夜も……いや、下手をすれば日曜日さえ家に帰る時間はない。
香南をとっつかまえ、あの薄汚い格好をなんとかしてSNSに連れていくという……ほんの一瞬心に浮かんだ計画はすでに実行不可能だった。マイヤーがそんな暇があるかどうかも、そういう細かいことに気の利く人材かどうかも謎に包まれているが、香南の事は一つ彼に期待して任せるしかない。
とにかくアーマスは結婚式に出席するためにも、ここでの仕事に有終の美を飾るためにも……山積みになった仕事を片づけるしかないのだ。
(仕事の鬼なんかじゃない……部長は……「ただの鬼」だ)
握りしめた拳をわなわなと震わせながら、アーマスはそれでも仕事にとりかかった。
「あたし、部長さん戻ったら帰宅するんだけど、その前にコーヒー入れようと思って。グレちゃんも飲む?」
その日最後の注文を取りに、「お茶汲み娘」がオフィスを回っていた。メモ用紙を片手にボールペンを握った姿は、どっからどう見ても喫茶店のウェイトレスである。
この女……篠田幸子こそ、
『結婚しようと思って』
『幸子さんと?』
という中川と坂井の会話に登場したオフィコンの「幸子」だった。
もちろん、情報の漏洩源はアーマス・グレブリーである。その辺が坂井をして、
「アーマスくんはスパイの素質がありますよ」
……と断言させる由縁なのかどうかは、とりあえず謎である。
「あ、頼む。濃いめのやつ、ブラックで」
アーマスがそう答えたとき、ちょうど食事に行っていた部長がオフィスに戻ってきた。
「あれぇ、グレちゃん、どうしたの? トイレ?」
湯沸かし室でコーヒーの用意をしていた幸子は、辺りの気配を伺うようにして入ってきたアーマスにそう声をかけた。
お茶汲みオフィコンがすっかり定着したこの佐々木建設本社で、男が湯沸かし室に入るのは、女性用トイレに忍び込むのと同じくらいの度胸を要求される事である。
アーマスも、もちろんここに入るのは初めての事だった。
「いや……手伝おうか?」
「部長さんにセクハラされて今日も徹夜のクセに。こんなとこウロウロしてんの見られたらまたお目玉くらっちゃうよ。グレちゃん徹夜させるために部長床を這い回って仕事探してるんだから。これ以上ご機嫌損ねたら折檻されちゃうよ」
「………………セクハラじゃないだろ。単なる過剰労働だ」
「似たようなもんじゃない?」
「全然違うっ! 男にセクハラされてたまるか」
「……ユッコ難しい事分かんなーい」
そう言って、幸子はシステム開発部とラベルの付けられた棚からコーヒーカップを取り出した。
「ところでさ、今週の週末暇? 社長就任式で仕事は休みだろ、一緒に食事でもしない?」
「だーめ、今週は総務部の宮田くんと先約があるの☆ 第一グレちゃん日曜だって出勤しなきゃいけないくらいの激務を申し渡されてるんでしょ? ご飯食べてバイバイなんて、ユッコ好きじゃないもん、そういうの」
「総務部の宮田? ……社長が結婚するって聞いて矛先変えたの?」
「社長って克巳ちゃんのこと? へえ、やっぱり結婚するんだぁ。あの真奈美とかって娘と? ふーん、ユッコのが美人なのになあ。胸だってあんな娘よりず――――――――っとグラマーだし……」
「……ショックとか、ないのか? 社長とつき合ってたんだろう?」
「なんでショックなの? 変なのー。あの女ったらしの克巳ちゃんが、結婚したくらいで女遊びやめるわけないじゃなーい。それに、もう潮時かなーって思ってたの。ユッコもやっぱり結婚したいしねー。ユッコね、もう二十二才なの。ほら、いくら遊ぶの楽しいったって二十五過ぎてまだ独り身でオフィコンってのも、なぁんか飛びすぎちゃった女って気がして嫌なのよねえ。結婚するんだったら、弱小人材派遣会社の社長より、ヒラでも慶応卒佐々木建設社員の方が何かとお買い得だなぁーって思うしぃ」
「………………」
日頃から、
『社内恋愛がどうのなんて堅っ苦しいこという積もりはないけどな。お前みたいに女と遊びでつき合えないタイプの奴は、オフィコンにだけは手を付けるなよ。あいつらはな、ハイエナみたいなもんなんだ。お前なんか遊ばれて捨てられんのがオチだぞ』
と言っていた中川の気持ちが良く分かる。
だが、幸子はそんなアーマスの表情などまるでお構いなしにコーヒーの準備を続けている。
黙ってお茶汲みだけやっていれば……幸子は「お茶汲みオフィコン」としては上等の部類である。担当している三十人ほどの嗜好を頭に叩き込み――例えば部長は砂糖一個に生クリーム。林田は生クリームより粉末ミルクが好きで角砂糖を別につける。中井は薄目のブラックで守山はダイエット甘味料のストレートという具合に好みに応じたコーヒーを供給する。
日本茶もまたしかりである。
ほうじ茶、玄米茶、緑茶、麦茶などと用意されている中から好みに応じて、季節や時間も考慮した上でもっとも喜ばれるだろうと思われるものをセレクトする。
あーぱーなように見えても、実はお茶汲みのプロフェッショナルなのである。
幸子がカップから目を反らした隙に、アーマスは部長専用の水色のマグカップに注がれたコーヒーにそっと手を伸ばした。
湯気の立つ表面に、ぽつんぽつんと二、三滴の赤い液体が落下する。
ほんの一瞬だが、アーマスの表情がゆるんだ。
アーマスが湯沸かし室に忍び込んだ目的はこれだった。断じて幸子をデートに誘うためではない。それはあくまでも忍び込む口実に過ぎないのだ。
ちなみに、アーマスは部長より一足早く近くの喫茶店でスパゲッティナポリタンにツナサラダというメニューで夕食を済ませている。そしてアーマスが出て行ったあとのテーブルからは、タバスコのボトルが忽然と姿を消していた。
そして五分後――。
システム開発部のオフィスにすさまじい悲鳴が響きわたり、顔を真っ赤にした部長がトイレへかけ込んでいった。
「……何だ?」
「部長、どうかしたのか?」
「バグでも見つけたんじゃないの」
疲れたプログラマーたちの声が飛び交うオフィスの中で、ただひとりアーマスだけが満足そうな笑顔を浮かべて仕事を続けていた。
森沢香南である。
しかも、なぜかM60(もちろんモデルガンである)を大事そうに抱きかかえて眠りこけているのである。
「……あのな」
マイヤーはがっくりと肩を落とした。
だが、そのマイヤーの「あのな」くらいで目を覚ますほど、香南は敏感にはできていない。
これがつまり……七夕以来軍事学部でしつこく噂されている、その噂の原因なのである。
病院からの脱出作戦のあと、車の中で眠りこけた香南をアーマスのアパートの前に置き去って一件落着と胸をなで下ろしていたマイヤーだったが、
(どうやら香南を甘く見すぎていたようだ……)
と、ようやく思い知った。
あれ以来、香南は毎日夜中にこうして助教授室に忍び込んでいたのだ。すでに牛柄パジャマは助教授室の備品のひとつと化している。
義一の社長就任式を目前に控えて、マイヤーは超多忙、軍事学部の講義は休講だらけという状況の中で、マイヤーの聞き及んだ噂は未だ、
『マイヤー助教授が盗んだ仔牛を助教授室で飼っている』
という部分までだった。
これはSNSでコーヒーを飲んでいた時によく居合わせる常連客のひとりから聞きつけたものだ。
そもそも、最初に流れた噂は、
『マイヤー助教授が牛柄のパジャマを来た少女を、深夜の中央病院から連れ出したところを見た』
というものだったはずなのだ。
その噂はマイヤーが知ったら青ざめるほどのスピードで広まっていた。
何しろ渋い硬派のイメージが固定し、浮いた噂などこれっぽっちもなかったマイヤーが、訳あり気に病院から少女を連れ出しているのである。
しかも……深夜。
そんなスキャンダラスな設定が、軍事学部の学生たちの野次馬な好奇心を刺激しないわけはない。
そして噂が広まるとき、余計なおヒレがついていくというのは周知の事実である。
また……噂がその広まっていく方向と媒体となる人間の性格によって、まったく違う複数の噂となってしまうこともまた、誰しも一度は経験した事のある現象だろう。
マイヤーと牛柄のパジャマの少女の場合もそうだった。
7月7日……ほぼリアルタイムに近い状態で、しかも驚異的なスピードで広がったその噂は、二日後には「牛」に重点を置いた説と「少女」に重点を置いた説とのふたつにくっきりと分けられていた。
つまりマイヤーがSNSで小耳に挟んだところの、
『助教授が盗んだ仔牛を……』
の他に、
『マイヤー助教授が不治の病に冒された美少女を引き取って育てている』
という「足長おじさん」も真っ青の感動巨編がまことしやかに囁かれていたのである。
その噂の影で、畜産研には仔牛の盗難はなかったかと尋ねてくる問い合わせの電話や、盗まれた仔牛がどこにいるのか教えますと言うタレコミの電話、挙げ句の果てには畜産研に牛の親子を預けている畜主から、ウチのポロンちゃんとミヨちゃんは無事なのかと涙ながらの電話までが舞い込む始末となった。
美少女説の方はすでに「不治の病」にまで行き着いてしまっているためか、仔牛説ほどのエスカレートぶりは見られなかった。
……が、少女が死にかけている、いや、もう死んだ。マイヤーがこのところ休講を続けているのは彼女の死のショックから立ち直っていないからなのだという具合に確実に悲劇的な結末へと向かっていた。
あと残っているのは後追い心中くらいなものだ。
……だが、とりあえず今、足もとのコアラ牛を見降ろすマイヤーはそんな事は知らなかった。
「起きろ、ここを寝床代わりに使うな。アーマスの部屋へ戻れ」
しゃがみ込んで香南の身体を揺り動かし、マイヤーはそう呼びかけた。(別に面倒を見てやる義理なんか何もないのに居候を決め込まれているアーマスの不幸には、あまり気付いてはいないのかも知れない(^^;))
だが、それでもまだ香南は目を覚ますどころか、身じろぎひとつしなかった。
病院を脱出したときの、あの痛々しい包帯はすでになくなっていた。
額にべったりと張り付けられた特大絆創膏に極太マジックで「まーちゃん命」と書いてあるのを見ると、傷が残るらしいと言っていたあのアーマスの言葉に、つい本気で同情してしまった自分が愚かだったようにも思えてくる。
『香南がいい娘でも――応えてはやれない』
あの時、香南を運び込んだ中央病院でアーマスに対していった言葉を……今もマイヤーは撤回しようという気にはなれなかった。
自分の人生に女を深く関わらせることは――それが妻であろうと恋人であろうと、志気を低下させ、弱点を作るだけのものだ。
さまざまな戦場を日常の家としてきた傭兵時代、ハインリヒ・フォン・マイヤーは常に自分自身にその言葉を投げかけていた。
これまでの彼の時間の中で、そうした感情を揺り動かす女の存在が一人もいなかったということではない。だが、いつも傭兵として生きることを望む思いがマイヤーの心を頑なにし、感情を押し殺すことを自らに強いてきた。
洋上大学軍事学部に助教授として籍を置き、第一線から退いた今も、その考えは変わってはいない。
マイヤーは自分をよく知っている。
今はこうして平穏の中に住み着いていても……いつまたあの戦場に引き戻されることになるか分かりはしないのだ。そのときに、誰かの人生を背負い込んだことを後悔したくはなかった。
しかも相手がこのコアラ牛では、戦場に引き戻される以前にどっぷりと後悔にひたり込みそうな予感さえある。
玩具の機関銃を宝物のように抱えて眠る香南の姿は、マイヤーにはまだほんの幼い子供のようにしか見えなかった。
だが、その姿はマイヤーの記憶にある凄惨な光景と奇妙に重なるものだった。
幾度となく体験した対ゲリラ戦でマイヤーが戦い、そして殺した敵の中には、香南と同じ年頃の娘もいた。
『いくら拭っても洗っても……一度染み着いた汚れってのは、心の中からは消えては行かないものだ』
真奈美と香南を誘拐した西崎が、狂気の中でもらしたのと同じ言葉を……マイヤーもまた自らに投げかけるときがある。
あの時、ダラットホテルへマイヤーを向かわせたのは金ではなかった。雇い主である義一への忠義でもない。
同じ戦いに関わる戦友を――香南と真奈美を助けるために……マイヤーはホテルへ向かったのだ。
そして香南に対する思いは今もそのときと変わってはいない。
(生きる場所が違うんだ。……それをお前は知るべきだ、香南。俺はお前の恋愛ごっこの相手をしてやれる男じゃない)
だが眠っている香南を見つめるマイヤーには、兵士として常に冷静でいることを自分自身に要求し、感情を押し殺す元傭兵の軍事学部助教授のそれでは有り得ない穏やかな表情が浮かんでいた。
「腹減った……」
床にしゃがみ込んだ姿勢のまま考え込んでいたマイヤーの思考は、いつの間にか目を覚ましていた香南のその声によって中断された。
「……」
何も言うまい、言っても無駄だ。
マイヤーは眉間に皺を寄せたいつもの険しい表情に戻り、苛立ちの混じったため息をもらした。